一人の居場所#41〜#49

ここにある散文は、

昨年の1月から今年の3月まで

カフェのお手洗いの壁に

掲出していたものです。


いくつかは、すでにこのブログに掲載している

小説のようなものの元になった文章なので

目にしたことのあるものもあるかと思います。

また今後、掲載する予定の小説の元になっている

ものも含まれていますので

いずれ小説の一部分という形で再登場すること

なるかと思います。


なんとなく“恋”という言葉を

あえて使ってみたいと思った時期なので

恋の話がいくつかありますね。


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一人の居場所 #41



きみが見ている景色を

ぼくが覗くには

きみにその場所を譲ってもらわなくてはならない

きみが見るその景色はきみだけのもの

いつもいつも譲ってもらうわけにはいかないから

想像することにする

きみの眼に映るそれを


繰り返し繰り返し想像していると

ほぼ同じ景色を見ることができるようになる

そうやってわかったことは

すぐ隣でぼくが見る景色とずいぶん違うということ

同じものを見ていても

すこし角度がちがうだけで

不思議とまったく別のものに見えてしまう


ぼくには正しく見えていたものが

きみには違って見えていた

ということは日常茶飯事

その正しさは

ぼくだけのもの

きみだけのもの


うまく想像できるようになるには

ただ繰り返すだけでいい

すこし時間がかかるかもしれないけれど


20170120









一人の居場所 #42



昼間からお酒を飲むことがあってもいいと、

その日は、そんな気分だった

特に大きな仕事が片付いたとか

何かからようやく解放されたとか

あるいは何かが上手くいったとか

そういう明確な理由があったわけではない

ただ、日差しが春に変わったな、と

だれもが感じるような日だっただけのことだ


友人のひとりは、春から希望の部署に配属になり、

また他の友人の娘さんは希望の高校に受かり、

かと思えば、

昔付き合っていた人は、ひとり海外赴任を命じられていて

自分はといえば、

この春の日に、ただカフェでお酒を飲んでいる


〝何かが上手くいってもいかなくても

春は平等に訪れ、柔らかい日差しが僕らをつつむ〟

というようなことを、

昔よく聴いていたバンドが歌っていたのをぼんやり思い出す

ワインで熱くなった頭で

その前後の歌詞を思い出そうとしたのだけれど上手く思い出せない

でも、ほんとうにそんなゆるい歌だったろうか

平等に柔らかい日差し、なんてね


すこし酔った帰り道の日差しは、確かに柔らかではあったけれど


20170217




一人の居場所 #42(2)


カフェから自宅までの帰り道に

小さな古本屋がある

いつも入口脇の百円コーナーをチラッと覗いてみるのだけれど

何も買ったことはなかった

店の奥まで足を踏み入れるには

少しの勇気が必要な空気を纏っている


昼からのワインの酔いも手伝って

その日は奥まで入っていった

白髪の老人が居眠りでもしているのだろうと

勝手に思い込んでいたせいで

レジに座っていた大学生風の男の子を見た瞬間

あっ、と声を出してしまった

でも、その男の子は手元から顔を上げることなく

ただ、あなたを認識してますよ

というような雰囲気を醸し出していた


もしかしたら、自分がお酒臭いのかもしれないと思い始めると

どんどん顔が赤くなっていくようで

本棚を物色することなど出来そうになかった

このまま出て行ってしまっても変な客だと思われそうなので

しばらくその場にただ立ち尽くしていると

「いつも百円コーナーご覧になってますよね」と

その大学生風が声を掛けてきた

ますます顔が赤くなっていくのが自分でもよくわかるのだけれど

こういう時は、何も言葉が出てこない


20170331







一人の居場所 #42(3)


三ヶ月に一度、歯医者へ行く。虫歯の治療というわけではなく、

歯石を取ってもらったり、虫歯になりそうな歯はないかと調べてもらったり、

いわゆるメンテナンスだ。子供の頃から歯は丈夫で、

大人になってからは歯医者に通ったことはほとんどなかったのだけれど、

去年の正月にお餅を食べていたら歯が欠けてしまい、

仕方なく知り合いの紹介で歯医者に行き始めたら、

なんだかんだと治療を勧められて一年以上も通うことになってしまった。

歯医者曰く、もうこのくらいの年齢になると歯も劣化してしまうから仕方ないです、

と言うのだが、どうも釈然としない。自覚症状がない上に、

自分では、よく見えない場所だからなおさら懐疑的になる。

一応、医者が治療を勧める箇所の処置は終わったので

今はメンテナンスに通うだけだが、またいつ治療箇所を見つけられてしまうか

毎回ハラハラしてしまう。その歯医者の待合室で、

またあの大学生風に会ってしまった。治療を終えて処置室から出てきた彼は、

私を見つけて少しバツが悪そうな表情を一瞬見せて、

「こんにちは」と

さわやかに言い放った。私はといえば

「どうも、こんにちは。虫歯ですか?」

などと当たり前の質問をして、彼を戸惑わせてしまう。

「毎週水曜日に。通い始めたばかりで」

「そう」

「この前は、失礼しました」

「こっちこそ、私、酔っていたから。ごめんなさいね。また覗きに行くわ」

と、先日書店を訪れた際の挙動不審を詫びた。

「ありがとうございます、お待ちしてます」

「サイトウさん」と受付の女性が彼を呼んでお会計をしたので、

彼の名がサイトウという事があまりにも簡単に判明した。

「鈴本さん、どうぞ」と処置室から声がかかり、

私の名も簡単に彼に知れることになった。

お互いに軽く会釈をして、私は処置室へ入って行った。



20170505




一人の居場所 #43(1)




誰もいない真夜中の学校のプールに忍び込む夢を時々見る

水泳の苦手な僕は、優雅に泳ぐわけではなく、

ただぷかぷかと浮いているだけだ

決まって月が明るく、プールの水は透き通っていて

底のラインまで月明かりが届いている

飛び込み台に誰かが座ってスカートから伸びる細い足を

水にパタパタさせている

それは想いの届かなかった女の子で、彼女はすっかり大人になり

こっそりプールに忍び込んだ中学生の僕をたしなめる

けれども口元には微かに笑みが浮かんでいて

ただ、からかっているだけだということがわかる

「水泳の授業はサボるくせになんでプールに忍び込んでるの?」と。

「授業では、こんな風にぷかぷかしていられない。

水の中ではこうしているのが一番楽しい。

君はいつも優雅に泳いでいたね?まるで魚のようだったよ。」

「そうね、もしかしたら前世は、魚だったのかもしれないわ。

ねぇ、ひとつお願いがあるの。あなたは、絵が上手だったわよね。

私を描いてほしいの。でも、今の私ではなくてあなたと同じ中学生の私を。

よく覚えているでしょ?私のこと。その記憶の中の私でいいわ。

大人になってしまった今の私のことは忘れて。

だって、大人になるとどうしても、ずるい顔になってしまうから。

仕方のないことなの、生きていくためには。

あなたもきっと、そうなるわ、ずるい顔に。

たから、そうなる前のあなたに、そうなる前の私を描いて欲しいの。

どう、描いてくれる?」


どうして大人になったあの子が、僕にそんなことを頼むのか

事情がよくわからなくて、僕は混乱する。夢はまだ続いていく。


20170519









一人の居場所 #43(2)



夢の続き。

「もし、描いてくれたら、私はあなたに泳ぎを教える。

だって、前世は魚だったかもしれないから、

誰よりも上手く教えられるはずよ。

はっきり言って、そんな風にぷかぷかしているより、

クロールで泳いだ方が、きもちいいわよ。

そうしたら授業もサボる必要ないし、クロールをするあなたを見たら、

中学生の私はあなたを振らなかったかもしれないわ。

どう?素敵な提案じゃない?」

「君は、その絵をどうするの?」

「そうね、毎日一番眼に付く場所に飾るわ。

そして、眺めるの、もうこれ以上ずるい大人にならないようにね」

「そんなにずるいの?」

「ちょっと自分では嫌になるくらい」

「そんな風には見えないけど?」

「それが大人というものよ」

「そうなんだ。わかった、描くよ。中学生の君でいいんだね」

「ありがとう。出来上がったら教えて。クロールを教えにまたここに来るわ」

「了解。もし、クロールが出来たら君は僕と付き合ってくれるのかな?」

「それは、今の私にはわからない。中学生の私に、もう一度告白してみて」

「ずるいな、やっぱり、君は」


夢はそこで終わる。目覚めると寝室の一番眼に付く壁に

飾ってある中学生時代の妻の肖像画と目が合う。

隣で妻はまだ寝息を立てて眠っている。

僕は朝のジムに泳ぎに行く。

未だに上手く出来ないクロールの練習をしに。


20170519








一人の居場所 #44




恋の話をしようと思ったけど

それは秘密だったから

きみは誰にも何も話せない


いつも恋は秘密

秘密じゃない恋を

きみは知らない


「秘密じゃなくなった恋なんて、

気の抜けたソーダ水みたいなものだよ」

と彼は言う

「恋は秘密だから、良いんだ」と


わかるような、わからないような


でも、もう秘密は無しにして

秘密じゃない恋を味わってみたい、と

きみは思う


実際、秘密じゃなくなった恋は

泡のようにシュワシュワと消えて行き

それはもう恋とは呼べないものになった


代わりに

世の中にはソーダ水よりも

美味しいものがあることを知った


20170615








一人の居場所 #45



似顔絵を描く

きみが描いて、と言うから

その為に

じっと観察する

目や鼻の位置、くちびるの厚さ、

そんな風に見たのは

はじめてのこと


いくら観察をしても

上手く描けない

出来上がった絵は

全然きみじゃない


試しに

頭の中のイメージで描いてみる

すると

いつものきみが出来上がった


目の前にいるきみに

それを見てもらう

きみは言う

「あなたにはこういう風にみえているの?」

「いつものきみによく似ていると思うよ」

「ありがとう、出来過ぎよ」



20170819








一人の居場所 #46




「私はね、いろんな岐路があったとして、どこかの道を選んで

進んだとするじゃない、でもそれは自分で選んだように思えるけど

実は自分が選ばれただけなんじゃないかと思っているの。

自分の意思とか希望とかではなく。

あなたは、ほんとうに自分で選んできたって思える?

きっと、ここにいるのは、選ばれたからよ。選んできたんじゃなくて。

次にどの道を行くかは、自分では決められないわ。

世界はそういう風になっていると思うの。私がここにいる理由だって

正直全然わからないわ。ただ私なりに生きてきた結果として

いまはここにいるの。思うんだけど、自分では気がつかない

ほんの些細なことも、私たちは選択してきているのよ。

選んだなんていう感覚ではなく、ごく普通に日常的にやってきたことも

本当は全て選択肢があって、その中から選んでいるの。

そういう選択の蓄積に上に、今の私がいるの。

選択っていうとなんだかとても大きな決断みたいだけれど、

そういうんじゃなくて、上手く言えないけど。

そういう些細な物事を自分の意思でひとつひとつ選んできたって言える?」


「いきなり全ての選択を自分でしろって言われても難しいかもしれないけど、

少しでも自分で選んでみると、きっと何かが変わるはずだよ。

今までと全く同じということにはならないと思う」


「わかったわ。じゃあ、とりあえずひとつ選択してみるわ」


「何を?」


「それは、言えないわ。秘密にしておきたいの」


「それで、もう二つ立派な選択をしてるよ」



20171116









一人の居場所 #47




月あかりを頼りに、夜道を歩く

足元に冷気がまとわりつく

この先に安らげる場所があるはずだと

なんとか歩みを進めてみるけれども、

本当のところは、止めてしまいたい

もうその先には何もないのだと誰かが証明してくれたら

どんなに楽かと思う

その誰かが君であったら尚一層、楽になる

from M





時々、

自分の選択が正しかったのかどうか不安になります

ここに、ひとり取り残されてしまったようにも思います

私は、本当は誰かに導いて欲しいと思っているのかもしれません

歩むべき道を誰かに手を引かれて歩いて行きたいんだと

その手が、

あなただったらいいのに

fron W

                    



20171201









一人の居場所 #48




気がつけなかったことが

雨水のようにゆっくりと

君に染み込んでくる


君はただ、気づかないふりをして

乾いていくことを待つ


でも雨は降り止まず

いつまでも君に染み込み続ける


やがて君の全てが雨色に変わってしまった


今の君は

きれいな雨色だけれど

前の君が何色だったかを

君はよく覚えている


本当は

その色が一番自分に似合うということも



20180215









一人の居場所 #49




その指先に触れたいと

その声を聞いていたいと

その瞳に映っていたらいいのにと

考える


毎日が、もっと早く過ぎていけばいいのに

今が、もっと続けばいいのに

昨日を、やり直せればいいのにと

考える


知らないことがたくさんあって

知りたいことがたくさんあって

でも、

知りたくないこともたくさんあって


どうしたらよかったのか

答えが見つからなかったり

ああしたらよかった、って

後悔をしたり


きっと、それは恋だと

みんなは言う


たぶん、それは罠だと

君は思う



20180328






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# by ikanika | 2018-04-20 20:17 | Comments(0)


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