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揺らぐポートレイト  連載第六回(最終話)

 完成した肖像画は、七瀬さんのインテリア取材の時に渡すことになった。そうすれば、勝間さんも七瀬さんも見れるし、と柿原さん自らが言っていた。そうなると、そばかすの少女とメガネ美人の少女は、揃うことになる。美苗の絵も持っていけば三枚を同時に見ることが出来ると思ったが、美苗の絵を持っていくもっともらしい理由が見つからず、断念した。七瀬さんの豪邸の取材は結局巻頭十二ページでの扱いになったそうで、朝から撮影をはじめても、自然光があるうちにギリギリ終わるかどうかという感じだとカメラマンの勝間さんが言っていたので、雪仁と美苗は、日が暮れる頃に顔を出すことにした。七瀬さんには撮影に立ち合うと言っていたが、下見の時点でみんなかなり打ち解けていたので、わざわざ行くこともないだろうと雪仁は判断した。絵を持って七瀬さんの家を訪ねると撮影はすでに終わっていて、三人はダイニングテーブルに座って談笑していた。到着するなり、勝間さんが「早く早く!見せて」と焦って、急かしてくる。

「俺、次があってもう出ないといけないから、早く」と、柿原さん本人を差し置いて見ようとする。多分、七瀬さんの例があるので、クラス一番のカワイイ子が出来上がっているのを期待してのことだろう。しかし、まずは柿原さん本人が先に見るべきであるのは間違いないので、焦る勝間さんを制して、柿原さんに見せようとすると、

「いいですよ、勝間さんに先に見せて。本当に時間ないみたいなので」と言うので仕方なく勝間さんに最初に見せた。

「おー、いやー、カワイイ」と野太い声で勝間さんは唸った。

「雪仁さんの妄想炸裂だ」と勝間さんが言うと、柿原さんが

「そばかすあるでしょ、それ、雪仁さんの妄想なの、冴えてるでしょ」

「教えてないのに?」

「そう、もしかしてそばかすありましたって聞いてきて」

「すごいなぁ、雪仁さん。あっ、俺、もう行きます。ありがとうございました。七瀬さん、美苗さん、雪仁さん。じゃあ、麻理、後で」

と言って、急ぎ足で出ていった。

「いま勝間さん、麻理、って言ってましたよね?」と雪仁は、柿原さんに尋ねる。

「いまさら、何言ってんの雪仁。ふたりつきあってんだよ、知らなかった?」

「そうなの?みんな知ってた?」

「あたしは、すぐピンと来たよ。下見の時」と美苗が言うと、七瀬さんも「私も」と、さらっと言う。雪仁だけが今日の今日まで知らなかったことになる。

「わかってるんだと思ってた、雪仁も」

「いや、全然。他人の彼女の中学生時代を妄想してたってことか。ヤバい人だよ」

「柿原さん本人からの依頼で、彼のいる前で頼んだんだから大丈夫。でも、また自分の好みを反映させてるの?」と美苗は意地悪く言う。

「また、って、ね。妄想で描くんだからある程度は仕方ないよそれは。了承済みでしょ」

「冗談よ、いいから早く柿原さんにお見せして」

「どうぞ」と雪仁はくるりと絵を回して柿原さんに渡した。柿原さんは、しばらくニヤニヤしながら眺めた後、「カワイイ」と一言つぶやき、雪仁を見て「冴え渡る妄想」と言った。

「髪、所々薄っすら茶髪。ほんとにこんなだった。顔がハーフっぽいからって美容室のお姉さんが試しにちょっと茶色くしてみていい?似合うと思うから、って言われて、なすがままに。そしたら、なんかヤンキーみたいになっちゃって、慌てて戻してもらったの。でも、光のあたり具合で薄っすら茶色く見えたりして、先生からも問いただされたり、意地悪な男子は、ほんとうは金髪だろ、とか言ってきて。最悪な思い出」

「あっ、ごめん。そんなこととは知らずに」

「いえ、謝らなくても、全然。今となっては、懐かしい笑い話だから。そばかすも懐かしい。いったいいつ消えたのか記憶にないの」

「やっぱり、あたしも。あたしは、中学生の時はもう消えてたけど、小学生の頃の写真を見るとみごとにそばかすだらけ」と美苗と柿原さんが話をしていると、さっき席を立ってキッチンに行っていた七瀬さんが戻ってきて、

「みなさんは、お時間大丈夫ですよね?簡単ですけど、ごはん用意してあるので、食べていってください」と、キッチンから次々と料理を運んできてくれた。テーブルの上はあっという間にホームパーティーのようにご馳走が並んだ。

「香津海、さすがだわ。やっぱりいい奥さんになる」と美苗は前に来たときと同じことを言って、

「遠慮なく。柿原さんも。香津海の料理、美味しいから」とみんなにお酒を注いだ。雪仁は、女子会に一人混ざってしまったようなこういう状態を特に居づらいと思ったことはなく、逆に男ばかりの飲み会の方が、下品でつまらないと思っている。その日も、女子トークをさらりと聞き流すとこは聞き流し、七瀬さんの料理を堪能した。女子三人は、結構ワインを空けていて、美苗もいつになくお酒が進んでいるようだった。

「ちょっとお願いがあるんですが、七瀬さんのと二枚並べてみていいですか?」と雪仁はさらっと、これといった意図はないという風に言ってみた。

「そうね、雪仁画伯の展覧会ね。あたしのも持って来ればよかった。そしたら三枚揃ったのに」と美苗は少し酔っているようだった。

「いいですね」と柿原さんは、自分の絵を壁に飾ってある七瀬さんの絵の横に並べて見せた。

「どっちもかわいい」と酔った美苗が言う。

「二人ともずるくない顔になってますか?」

と雪仁は尋ねる。

「確かにそう、ずるくない顔だ」とまた美苗。

「ほんとに三枚並ぶと面白かったかも」と七瀬さんは、いつもの小さな声で言う。

「ちょっとかわってください」と柿原さんは、自分の絵を雪仁に渡して、二枚を眺めた。

「うん、ずるくない顔、いいですね、今度、美苗さんのも見せてください」と柿原さんは美苗に言葉をかけたが、ほとんど酔って寝ている状態だったので、雪仁が代わりに、

「ぜひ、どうぞ」と答えた。

「雪仁さん、ありがとうございます。家に帰って早速飾ります。何かお礼を。どうしたらいいですか?」と柿原さんが言うので

「いえ、大丈夫です。ただ楽しんで描いてるだけなので、ほんとに」と雪仁は答える。

「私もお礼、まだです、ごめんなさい」と七瀬さんもいつもの小さな声で言う。

「七瀬さんは、ごはんご馳走になってるし」と雪仁が二人の申し出を断っていると、

「雪仁、じゃあ、二人にクロール教えてもらえば」

と美苗が冗談なのか本気なのかわからないことをほぼ寝言のようにぼそっとつぶやき、

さらに「正夢ね」と、付け足した。

雪仁は、二人にクロールを教わったからと言って、現実が書き換わる訳ではないのはわかっているのだけれど、

美苗の「正夢ね」というひとことが引っかかって、じゃあ、教わろうかな、なんていう風に簡単には答えられなかった。

 帰り道、美苗はさっきの「正夢ね」という発言はもう忘れてしまっているかのようだった。

「茶髪の話、びっくりしたね」と美苗。

「ほんとに。やっぱり、浜のマリー、は居たね」

「ほんとだよ、柿原さん、本物のヤンキーだったらどうする。美容室の話も実際は金髪にしてたのを学校で注意されて、仕方なく黒くしにいったとか」

「そっちの方が、よくある話ではある」

「だよねー、どうする、私のヤンキーの過去を暴きやがったな、雪仁。覚えてろ!って、昔の舎弟とか集めてしばきにきたら」と美苗は大笑いしながら雪仁の肩をパンパン叩いてくる。ちょっと酔っているのか、かなり上機嫌だ。

雪仁は、「まさか」とつぶやき、美苗の手を握って家まで帰った。その間ずっと、「正夢ね」という美苗の声が耳から離れなかった。

 クロール美人の正体が七瀬さんと美苗とわかってからは、ジムのプールの神秘性はなくなってしまい、どこか魅力が薄れてしまったように雪仁は感じていた。もともとそんなものは存在していなかったのだからプール側からすると何も変わってはいないのだけれど。ただ雪仁の気持ちの問題でしかないのだ。今まで通り、ただクロールの練習に励めばいいのたが、どうも身が入らない。そして美苗の「正夢ね」というひとことがいつまでも気になっている。

「結局、あの二人は雪仁にお礼をすることになったの?」と朝のコーヒーを飲みながら美苗は、尋ねる。

「美苗は、あの日のこと、どこまで覚えてる?結構飲んでたけど」

「柿原さんとそばかすの話をしていた。で、何かお礼をといって、雪仁がいいです、大丈夫ですって断ってた、あたりまで」

「そのあとは?」

「なんか、手繋いで帰ったよね」

「あまりにもふらふらしてたから」

「あたし、なんか失礼なこと言ってなかった?二人に」

「いや、大丈夫だよ」

「なら、よかった。記憶なくすの怖いね、ちょっと飲みすぎたね」

美苗は、二人にクロールを教えてもらえば、と言ったことと、正夢ね、と言ったことは覚えてないようだけれど、だとしたら、それが、美苗がほんとうに言いたかったことなのかもしれないと雪仁は思った。美苗の心の内にあるものの正体を、少しだけ覗き見てしまったように感じた。

 明け方に夢を見る。いつもの夢だ。いつものプールに浮かんでいるといつものように飛び込み台に女の子が座って、白いスカートから伸びる細い足をぱたぱたさせている。でもそれは片想いの女の子ではなく、美苗だった。

「どうしたの?」と僕は聞く。

「あたしは雪仁にクロールを上手く教えられないね。いつまでたっても上手くならないのはあたしのせいね」

「ごめん、僕がちゃんと練習しないからだよ、美苗のせいじゃない」

「誰か他の人に教わる?七瀬さんとか柿原さんとか?」

「なんであの二人に?」

「だって雪仁は、二人に絵を描いたよね。代わりにクロールを教えるという約束じゃない?」

「その約束は、美苗としたからもう大丈夫」

「でもクロールは上手くならないよ、きっと。それでもいいの?」

「練習するから大丈夫、練習するから大丈夫」と言って目が覚めた。

隣で寝ていた美苗は、

「なんの練習するの?」と普通に聞いてきた。雪仁も

「クロール」と普通に答える。

「夢でも泳いでるの?熱心ね」

「僕、なんて言ってた?」

「練習するから大丈夫、練習するから大丈夫、って二回」

「それだけ?」

「うん、それだけ。どんな夢だったの?」

「えーと、とにかく練習しないとヤバイって夢」

「誰かに脅されてるとか?正夢にならないといいね」

「そうだね、脅されるのは嫌だ」

「今朝も泳ぎに行く?それとも、もう起きて朝ごはん食べる?早いけど」

「ごはんにしようかな、コーヒー淹れるよ」

「練習しなくていいの?また寝言いうよ」

「大丈夫、練習するから」と言って、雪仁はベッドから抜け出しキッチンへ向かった。


(終わり)



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

あとがき


『二人の居場所』から始まった一連の短編は、ここで一旦終わります。

『二人の居場所』と『季節のリレー』はカフェが舞台として登場しますが

後半の二作『走る君を、見ていた』と『揺らぐポートレイト』は

それぞれに関連性はありますが、カフェという舞台から一度離れています。

遠い昔の中学生時代とカフェを始める前にやっていた音楽関係の仕事をしていた時代が

それぞれの舞台となっています。

結局、自分が歩んできた道から物語が生まれてきているので

読み返してみると登場人物に自分の思いをかなりの部分投影していることに

気づきます。(誰に投影しているかは、ご自由にご想像ください)


自分がどこまで何が書けるのか試してみたいという思いから

始めたことですが、今のところ、書くことが楽しいので

まだしばらくは書き続けていくような気がしています。

楽しみにしていると言って下さる皆さんには、

この場を借りて、改めてお礼を。

ありがとうございます。


次に今書いているのは、再び舞台はカフェになっています。

カフェに集う様々な人の物語を、それぞれの視点と立場から

ランダムに描いています。物語は現在進行中ですので

完成まではもう少し時間がかかるような気がしています。

書き上がりまで、しばらくお待ちください。


今回もお付き合い、ありがとうございました。


cafeイカニカ

平井康二






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by ikanika | 2017-09-16 22:50 | Comments(0)

揺らぐポートレイト  連載第五回

 美苗に来た差出人不明のメールは、やはりカメラマンの勝間博だと判明した。美苗の知り合いの編集者曰く、深沢に撮影スタジオを兼ねた古い一軒家を借りたということだった。美苗は、早速『深海』の件もあったのでメールをしたようだった。

「いきなり何年も前に貸したCD返してって言うのも微妙だから、新しいスタジオを見に行きたいってことで連絡したの。で、来週の水曜日の午後に行くことにしたんだけど、雪仁、一緒に行ける?」

「夜に打ち合わせがあるけど、午後なら大丈夫」

「よかった。じゃあ一緒に行こう。あと、香津海も誘ったから」

「行くって?」

「うん、自分と間違えられた人がどんな人か気になるって。あとスキンヘッド見たいって」

「スキンヘッド?」

「生で見たことないって。いままで自分の周りにはそういう人はいなかったって」

「実は、変わってる?七瀬さん」

「ナチュラルね」

「天然ってこと?」

「そうとも言うわ」


 翌週の水曜日、三人で勝間さんのスタジオ兼自宅を訪ねた。うちからも七瀬さんの家からも歩ける距離だったので、一旦うちに集合してから向かった。かなり古い一軒家で、玄関で呼び出しベルを鳴らすと、ドアが開いて、スキンヘッドではない勝間さんが現れた。七瀬さんは咄嗟に「スキンヘッド?」と口走り、それは勝間さんの耳にも届いた。勝間さんは、肩まで届くロン毛になっていた。

「あっ、いまロン毛です」と勝間さん。

「こんにちは。お邪魔します。久しぶりですねー」と美苗が七瀬さんのスキンヘッド発言を無視して先陣を切った。

「どうも」と雪仁、そのあとに、顔を赤らめた七瀬さんが続く。

「この廊下の先がスタジオなので、そっちのが広いのでどうぞ。住まいの方はまだ片付いてないので」と勝間さんのあとを三人でついていく。もともと相当広いお屋敷だったとみえて、スタジオは、想像以上に広く天井も高かった。

「これだけ広いとなんでも撮れそうですね、外で借りる必要ないですね」と雪仁が言うと、勝間さんは

「そうなんです、逆に貸せます。お知り合いで使ってくれる方がいたら紹介してくだい、美苗さんも」となんとなく営業モードになった。

「勝間さん、紹介しますね、七瀬香津海ちゃん」

「こんにちは」といつもに増して小さな声だ。

「こんにちは、カツマヒロシです。以前、美苗さんにお会いしたときはスキンヘッドにしていたんですけど、いまはこの通り」

「ずいぶんイメチェンですね」と美苗。

「ほんとはスキンヘッドにしたいんですけど、まわりに子どもが多くなって。仕事仲間とか、そういう年代じゃないですか、スキンヘッドだとほぼ泣かれるんです、子どもに。だからしばらくはやめようと」

「なるほど。ちゃんとした理由」と美苗は妙に納得している。

「香津海、生のスキンヘッド見たかったんですよ、ね」

「ナマ?」と勝間さん。

「はい、写真とかテレビでは見たことあるんですが、生ではなかったので」

「天然なんで、気にしないでください」と美苗がフォローすると七瀬さんは、

「すいません、先ほどは、いきなりスキンヘッドって言ってしまって。てっきりスキンヘッドの方が出てくるものと心構えをしていたので、つい」

「大丈夫です、おもしろいですね、七瀬さん」

「そうですか」と七瀬さんは、また顔を赤くしている。

「あと、勝間さんの最初のメール、名前がなかったやつ、あれ、最初は香津海からのメールだと思ってたんです。ktmって、母音抜きで、カツミとカツマも一緒でしょ。で、hrsは、勝手に広瀬さんとかと結婚したんだと妄想して、カツミヒロセだと」

「すごい、妄想力」

「でも、ありそうでしょ?」

「あるある、ちゃんと苗字と名前を反対にしてるし、僕のはそのままにしちゃってて、あとから名前苗字の順番にすればよかったっておもいましたよ」

「ほら」と雪仁。

「香津海は、偶然奥沢に住んでて、この前ばったりあそこのスーパーで会って。で、メールのこと聞いたら違うっていうから、ずっと誰だかわかんなかったんですよ」

「ごめんなさい、ほんとに、そんなことになってたなんて。てっきり署名がついてるかと思って送ってました。よくわかりましたね、僕って」

「雑誌見てたら、偶然、勝間さんの写真があって、閃いた」

「かなりの名探偵ぶりだったよ、美苗」と雪仁は言ったあと、美苗は忘れていそうなので「ミスチル」と囁いた。すると、美苗は

「あと、ミスチル」と唐突に言った。すると勝間さんは、

「シンカイ!」と合いの手のように応えた。

一番驚いたのは七瀬さんで、「すごい」と呟いていた。

「この前テレビ見てて、ミスチルの特番。そしたら『深海』借りてたこと思い出して連絡しなきゃと思ってたら美苗さんからメールがきて」

「あたしも見ました、それ。で、『深海』聞こうって思ったら無くて、雪仁に聞いたら勝間さんが借りていったと。あたしは忘れてたんですけど」

「見せてもらっていいですか?シンカイ」と七瀬さんが、小さな声で言うと、勝間さんはテーブルの引き出しからCDを取り出した。

CDを受け取った七瀬さんは、ジャケット写真をしばらくじっと見つめたまま黙っていた。

「どうしたの、香津海?」と美苗が聞くと

「なんか、イメージとちがって」

「シンカイの?」

「私のは、魚がいます」

「深海魚ね。でも本当の深海は、真っ暗だよ」と雪仁。

「それじゃあジャケットにならないでしょ。でも貸してあげる」

「あれっ、美苗さん聞かないの?」と勝間さん。

「聞くよ。でも先に香津海」

「七瀬さん、ちょっとシンカイに縁があって」と雪仁。

「シンカイに縁?」

「はい。私の大切なものが深海に沈んでいるかもしれなくて」

「うん、よくわからないけど。やっぱり不思議なこと言うね」

「詳しくは今度またね」と美苗が遮って、深海話はとりあえず終わった。

「勝間さんは、まだあのインテリア雑誌やってます?」

「はい、やってますけど、なにか?」

「香津海の家、すごいの。もし、取材先探してたら、絶対いいよ、ね」

「でも、お父さんの許可はいるよね?」

「取材ですか?」と七瀬さん。

「そう、ウチも取材してもらったインテリアの雑誌。謝礼はちょっとだったけど、記念に」

「はい、謝礼とかはいいんですけど」

「それはそうね、香津海んち、お金持ちなの」と美苗が勝間さんの顔をみる。勝間さんは、

「そんな雰囲気してます。なんか世の中との距離感が。スレてない」

「そんなことないです。ただいまはたまたま父の事業が上手くいっているというだけのことで、お金持ちの家柄とかでは全然ないんです」

「でもさ、ほんとにお父さんOKだったら受けなよ取材。あたしたちも立ち合うからさ、大丈夫」

「立ち合うの?ただ七瀬さん家に行きたいだけじゃん、美苗は」

「そうよ、何か悪い?香津海、いいよね、また行っても」

「あ、はい。いつでもどうぞ」

「言わされてる感あるけど」

「大丈夫大丈夫。勝間さんも見てみたいでしょ?一人暮らしの女の子の豪邸」

「気になりますね。一人暮らしで豪邸」

という流れで、七瀬さんはお父さんに確認したら「場所とか住人の名前が出なければOK」で、あとメイプルソープの写真は撮さないこと、という条件だった。理由は、言えないとのことだそうで、お金持ちには我々にはわからない事情があるのだろうと深くは聞かなかったが、幸いメイプルソープの写真があった壁には雪仁の絵が飾られているのだ。勝間さんのスタジオを訪ねてから三日後に、勝間さんとライターが七瀬さんの家に下見に行くことになったので、雪仁と美苗もついて行った。一度訪ねている雪仁と美苗は、エントランスから七瀬さんの棟の玄関まですたすた歩いて行ったのだが初めての二人はさすがにその豪邸加減にびっくりしていて、あちこちよそ見をしながら、かなかなやってこないので、七瀬さんの家の玄関でしばらく待っていた。勝間さんは、

「お話以上に豪邸です」

と七瀬さんに会うなり言って、あわてて同行しているライターを紹介した。ライターは、柿原さんという女性で、おそらく美苗と七瀬さんと同い年くらいのように見えた。

「おじゃまします」と美苗が先陣を切って入って行く。リビングのすぐ目につく壁には、雪仁の絵がきちんと飾られていた。またもや勝間さんとライターは、玄関からすでに圧倒されていてなかなか廊下を進んでリビングまでたどり着けない。七瀬さんはお茶を用意してくれて、雪仁たちは、とりあえずやることはないのでテーブルの奥に座って、下見の様子を見ていることにした。

「すごくいいですね。ぜひ取材をさせていただきたいのですが、どのくらいのページを割くかを一度編集部と擦り合わせをして、ご相談させてくだい。たぶん相当数のページを割く感じになると思いますが、よろしくお願いします」と柿原さんは、少し興奮気味に話した。七瀬さんは、「はい、わかりました」といつもの小さな声で答えただけだった。資料用にと部屋の写真を撮りまくっていた勝間さんが、「この絵は、七瀬さん?」の雪仁が描いた絵の正面に立ち聞いてきた。

「はい、中学生の時の私です。雪仁さんが描いてくれました」

「えっ、雪仁さんと七瀬さんて、同級生?」

「いえ、そうじゃなくて、私の中学生の頃のものは、シンカイに沈んでしまったので、雪仁さんにお願いして描いてもらったんです」

「ますますわからなくなっちゃった。説明して美苗さん」

「どこからにする、雪仁?」

「夢のこととか省いて」

「そうね。この前、香津海が家に来た時にね、雪仁が描いたあたしの中学生時代の肖像画を見てね。私のも描いて欲しいと。理由は、引越しの時に中学校時代の物を入れていたダンボールが紛失しちゃって写真とか全部なくなっちゃったんだって。で雪仁が描いた。そういうこと」

「でも、写真とかないのにどうやって描いたんですか雪仁さん」

「想像で」と雪仁。

「いや、妄想で。香津海、美人だから雪仁の妄想が炸裂した」と美苗が訂正する。

「確かにこんな子がクラスにいたらヤバイですよね」と勝間さん。

「でた。男の言うことは一緒だね。雪仁も同じこと言ってたよね」

そこまで会話に入ってこなかった柿原さんが、

「私もお願いしたら描いてもらえますか?」と言ってきた。

「えっ、柿原さんも?」

「雪仁、やっぱり絵描きだよ、音楽やめて」

「でも、どうして?」と勝間さんがみんなを代表して質問をした。

「このくらいの歳の頃の顔って、なんだか純粋でいいなって思っていて。ずるさがないというか。高校とかに入っちゃうどだんだんずるくなるんですよね。特に女子は」

「わかるわかる」と美苗。

「それで?」と雪仁は続きを促した。

「で、こういう風な絵があれば、これ以上ずるい顔にならないように、って毎日それを眺めるの」

「柿原さん、ずるい顔?」

「あの頃に比べればみんなそうだと思います」

「同感」と美苗と七瀬さんがユニゾンした。

「あれだよね、カメラ向けると顔作るあれでしょ、ちょっと待って、とか言って」とカメラマンの勝間さんが反応する。

「そうしないと、無理」と柿原さん。

「無理」と美苗と七瀬さんも口を揃える。

「需要あるね、雪仁。描きなよ。美人限定の条件もクリアーだし」

「美人限定なんですか?」

「いや、そういうわけでは」

「妄想で描くから、雪仁」

「写真があれば、それをもとに描くけど」

「いえ、妄想の方が楽しそう。妄想でお願いします」と柿原さんは、目を輝かせていた。

「なんと。そうなるとちょっとイメージの元になる個人情報が必要ですけど、大丈夫ですか?」

「はい、なんでも」

「あっ、七瀬さん、下見に来たのにこんな話になってしまって大丈夫ですか?」

「私は、全然」

「じゃあ、せっかくだから、聞かせてもらっていいですか?どこからでも、いいですが、中学校を卒業するまでの話で大丈夫です。それ以降の情報は必要ないです」

「なるほど。生まれたのは横浜です。元町とか中華街のあたりです。でも、いわゆる山手ではないです。下町です。父は植木職人で、母はパートで家の近くの鰻屋さんで働いていました、私が中学生の時は。弟が一人います。五歳下です。商店街のすぐ裏にある小さな家に住んでいました。借家というか、父の働いていた植木屋さんが持っていた家だったと思います。いつも父は仕事が終わると同じ職人仲間を家に呼んでお酒をのんでました。そういう時は、母がパートで働いていた鰻屋さんからうなぎを持って帰って来てくれるので、嬉しかった記憶があります。どちらかというと、裕福な家庭ではなかったのでそれが一番のご馳走でした。中学は陸上部です。短距離で、県大会までは行けたので頑張っていたと思います。成績は中の中、先生からも友達からも勉強については何の注目も浴びない生徒でした。いまでも時々言われるんですが、ちょっとハーフっぽい顔をしているので、ちょっとモテてたと思います。父も母も日本人なんですが。下の名前が麻理なので、マリーとか呼ばれてからかわれてました。でも、中三の夏休みに転校したんです。父の仕事の都合で。同じ横浜なんですが、港北ニュータウンという新しい街です。それまでの下町っぽい所とは全然ちがったので、馴染めませんでした。高校卒業して家を出るまで。なので、中学校の卒業アルバムは二つあります。もともといた中学校のは、写真撮影の時には転校してしまったんですが、中三の夏までいたのでもらいました。でも、写真は、欠席した子と同じで右上に丸枠です。新しい方は、ちゃんと写ってますが、一緒に写っているのが誰だかわかる人はほとんどいません。こんな感じで大丈夫ですか?」

「雪仁、こんなに聞いちゃって大丈夫なの?香津海の時はほとんど何も知らなかったじゃん、生い立ちとか」

「そうか」

「だから妄想できたんじゃない?」

「あ、でもね。大丈夫」

「なんで?」

「最初、柿原さんが言っていた、ずるくない顔、っていうのがポイントなんだよ、そう言ってた、そう言えば」

「誰が?」

「夢だよ」

「夢って?」と勝間さんが聞いてきた。

「もともとは、僕がよく見る夢の中で、中学生の頃片想いだった子が大人になって現れて、私の中学生の頃の絵を描いてって言われるんです。その子も言ってました。今の私はずるい顔だから忘れてと」

「さっき柿原さんが言ってたことと一緒だ」

「なので、大丈夫」

「もしかして今度は、柿原さんが片想いの相手ってこと?」

「そういうこと、だけど、七瀬さんの時も心配してたけど、大丈夫だった。美苗との関係には影響ないよ。ちなみに、柿原さんはクロール得意?」

「はい、得意です。中学校の時、先生からも褒められました」

「なんと、ここにもクロール美人」

「クロール美人?」

「そう、あたしも香津海もクロールが上手いの、雪仁は下手だけど」

「二人とも綺麗なフォームで泳ぐ。見分けがつかないくらい似てる」

「柿原さんも今度一緒に行こうよ、プール。で、三人でクロール比べ」

「楽しそうだな、それ」と勝間さん。

「勝間さんは、クロール出来る?」

「いや、苦手」

「ダメね、男子は」

「でも、とりあえずは、絵を」と柿原さんは話を戻した。

「そうね、雪仁、がんばれ!」

ということで雪仁は、今度はこの日初対面の柿原さんの中学生の時の肖像画を描くことになった。柿原さんは、確かにちょっとハーフっぽい美人だった。雪仁も、もしかしたらハーフかあるいはクォーターくらいかなと最初思っていた。ハーフっぽい中学生、メガネ美人の中学生くらい難しい課題だ。それこそ、資料はタレントだ、と一瞬考えたのだけれど、ずるくない顔、という点をクリアーしているか疑問だった。ハーフの子供タレントは、ちょっともうずるくなっているかもしれない。異国で大人に囲まれた華やかでドロドロした芸能界。ダメだ参考にならない、と雪仁は考えをリセットした。外国の子供をイメージした時、雪仁にはそばかすだらけの少女が浮かんでしまう。なにかそんな海外ドラマを見たせいかもしれないが、やはりそばかすは外せないと思う。

「柿原さんって、そばかすあったかな?子供の頃」

「さぁ、聞いてみたら」

「失礼じゃない?」

「今は無いから大丈夫じゃない?あたしも今はなくなったから聞かれても大丈夫」

「そう。じゃあ、聞いてみる」

柿原さんからは、こう返事が来た。

「はい、確かにありました、そばかす。それもあって、マリーとか呼ばれて外国人扱いされてからかわれたんだと思います。海外ドラマとかで出て来る子は、そばかすのイメージですものね。それで描いてもらっていいです。妄想、冴えてますね」

ということで、そばかすの少女の肖像画に取り掛かることにした。しかし、妄想が冴えてるというのはヤバくないのかと、ちょっと不安になった。

完成間近の絵を美苗に見てもらうと、

「またもや、カワイイ」

「ね、カワイイ、やっぱり」

「そばかすもいい感じ。やっぱりハーフ顔だからかなぁ。あたしのそばかすとは違う」

「美苗のそばかすは、もっと小さい時でしょ?小学生とか」

「まぁね。でもさ、これ、ちょっと髪、茶色くない?」

「バレた?ハーフをイメージするのに茶色い方がね、イメージしやすかったから」

「茶髪に制服はヤンキーだよ。浜のマリー」

「いそう、黒に塗り直すよ」

「そうした方がいい」

髪の色を塗り直し、そばかすの少女は完成した。これで、美苗と七瀬さんと柿原さんの三枚の肖像画を描いたことになる。よく日に焼けた少女とメガネ美人の少女にそばかすの少女。雪仁は、以前自分が言った言葉を思い出す「全然、普通の子。陸上部で、日に焼けてて、そばかすがあって、で、時々メガネ」。これは七瀬さんに片想いの子のことを聞かれてとっさに答えたときの言葉だ。

「三つ揃うとそういうことか」と雪仁は独り言をつぶやき、寝室にある美苗の肖像画と完成したばかりの、そばかすの少女を並べてみた。当然、二人は似ているわけもなく、ただ、柿原さんの言っていたずるくない顔という点では共通していた。七瀬さんのメガネ美人の少女も並べてみたいと思ったのだけれど、三つを並べるには、それこそ美苗が言うように絵描きになって個展でも開くしか方法はないと思って諦めた。(続く)




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by ikanika | 2017-09-12 21:49 | Comments(0)

揺らぐポートレイト  連載第四回

 絵が描き上がったので、届けに行くと七瀬さんに美苗がメールをしたら、「ありがとうございます。お礼にご飯を作ってお待ちしています」と返信が来たという。一人暮らしの女性なので、訪ねられるのは嫌がるかと思っていたのだけれど、豪邸だと勝手に思い込んでいる七瀬さんの家を訪ねることになった。当日は、まだ六月なのにもう夏の日差しが降り注ぐ日曜日で、七瀬さんの家までは歩いて行ける距離だったのでワインを持参していった。七瀬さんの家は、住宅街にある二階建の低層のマンションだった。まわりは豪邸と外国車ばかりの高級住宅地で、遠目からだと集合住宅とはわからないほど周囲の邸宅と馴染んでいた。エントランスを入ると中庭のようになっていて、そこに伸びる小径のような石畳みを一番奥まで歩いて行くと、七瀬さんの部屋のある棟に着いた。玄関は一階にあり、二階部分まで七瀬さんの部屋というか、建物だった。隣の部屋とはほとんど隣接部分は無く、ほぼ一軒家の感覚だ。

「さすがね」と美苗は独り言を呟き、七瀬さんの部屋に入っていった。家具はアンティークとモダンインテリアがバランス良く配置されていて、きちんと生活も営まれているという空気感もあり、理想的な住まいだった。

「ここに一人で?」と美苗が尋ねる。

「マンション自体は父の持ち物なので、時々両親が泊まりに来ますけど、基本一人です」

「ご両親は?」

「赤坂です」

「赤坂?港区?」

「会社と自宅を兼ねたビルがあって、そこに居ます」

「ビル?」

「はい、ビルですね。三十階くらいだったから」

雪仁も美苗も世界の違う話について行くのがやっとだった。七瀬さんの手料理は、有名料理家さんとかがつくる聞いたことのない食材や調味料を使ったプロっぽい無国籍な料理なのかな、と勝手に想像していたのだけれど、以外にも和食中心の家庭料理だった。七瀬さんの性格ゆえか、どれも丁寧に作られていて見た目も味も素晴らしかった。

「いい奥さんになるよ、香津海」と美苗は世話焼きの親戚のように七瀬さんの料理を褒めちぎっていた。

「では、本題の肖像画を」と雪仁は、鞄から絵を取り出し、七瀬さんに渡した。

「ありがとうございます。見ていいですか?」

「どうぞ、緊張するなぁ」と雪仁は、美苗と目を合わせた。

「本当に勝手にイメージさせてもらったんだけど、大丈夫?」

七瀬さんは、しばらく絵を見つめてから

「こんなにかわいくないですよ、ほんとは」

と嬉しそうに笑った。

「地味なメガネ女子だったのに」

「いや、ちがうね。実はメガネ取ると可愛いパターンの女子だったはず。想像したのはね、お金持ちのお嬢様で声が小さい、髪は長く真っ直ぐでサラサラ、シャツもソックスも見事に真っ白。成績優秀だけれど、余計なクラス委員とか係はあえてあてがわれない。あくまで七瀬さんは七瀬さんで、そこにいるだけでいい存在。当然ピアノも弾けて、運動は、球技は苦手だけれど、足は早く、体は柔らかく体操は得意。なぜなら小さい時からバレエをやっていたから。加えて、水泳が好きで、とても綺麗なフォームでクロールをする。なぜなら、別荘にプールがあるから。そして、メガネ」

「妄想しすぎですよ。家は普通のサラリーマンで、東京の町田の外れに住んでいて、父がラオス勤務になるまでずっとそこにいました。成績も普通、図書係、足は遅くて、バトミントン部、ピアノもバレエもやってません。でも、水泳は好きでした。そこだけ当たっています。地元の水泳教室に通っていて。別荘どころか社宅ですけど」

「雪仁、残念。妄想しすぎ」

「美苗だって、そんな感じだと思ってたよね?」

「うん、じゃあ、この家とか、赤坂は?」

「ラオスから帰って、しばらくしてから父が会社を起こしたんです。私が大学を卒業する頃には、なんだか家はお金持ちになっていて。父は、就職しないで自分の会社に来ればいいと言ってくれたんですが、私はその環境をすぐには受け入れられなくて、しばらく派遣とかで社会に出てみようと思って、その時に美苗さんにお会いしたんです。もともとごく普通のサラリーマン家庭だったから、いまだになんかしっくりきていません。このマンションも別荘も赤坂のビルもこの十年くらいの話です。いつどうなるかわからないと思っています」

「じゃあ、この絵、イマイチかな?」

「いや、香津海は、これくらい可愛かったはず、ぜったい」と美苗が七瀬さんが答えるより先に口を挟んだ。

「自分では、わからないんですけど」

「中学校の同級生にリサーチしてみればいいんだよ」

「あぁ、いいね、それ。楽しそう」と美苗はかなり前のめりになった。

「いいですよ、どうせ地味で覚えてないとか言われますから。雪仁さんの片想いの人は、お嬢様だったんですか?妄想したみたいな」

「全然、普通の子。陸上部で、日に焼けてて、そばかすがあって、で、時々メガネ」

「可愛い。そばかすって」

「そうなんだよ、なぜか、可愛いよね」

「キャンディキャンディ」と美苗。

「古いのよく知ってるね」

「歌えるよ、あれ。あたしもそばかすあったから、昔は。でも、大人というか中学生になったら消えてた」

「そうなの、知らなかった」

「これ、飾っていいですか?」と七瀬さんは、肖像画をもって部屋をうろうろしている。

「この写真と取り替えちゃおうかな」と七瀬さんは、モノクロの写真の飾ってある壁を指差した。

「それ、有名な人のだよね、高いんじゃない?」

「たぶん高いです。でも、なんか暗いから好きじゃないんです。父の趣味」

「そこに僕の絵は、恐縮だなぁ」

「娘の肖像画だったら、父は許すよ、ぜったい」と美苗が言い切ったので、雪仁の絵はそこに飾られることになった。外されたモノクロ写真は、後で聞いたらメイプルソープのオリジナルプリントだったそうだ。

「今度さ、どっちが綺麗か競争しようよ、クロールの」

「なんですか、それ?」

「プールでクロール美人にあったらやろうと思ってたの。速さじゃなくて、どっちのフォームが綺麗かの競技。雪仁が審判」

「雪仁さんは、美苗さん選びますよね」

「それが、なんか区別つかないみたいなの。この前、私が泳いでいるのを見てて、ずっとクロール美人かと思って見てたとか言うし。だから、同じ水着と帽子とメガネだったらぜったい見分けられないはず。やってみない?」

「おもしろそう。美苗さん身長何センチですか?」

「157」

「あっ、一緒ですね」

「雪仁、いつがいい?」

「本当にやるの?」

「やる、ね、香津海」

「はい、審判、お願いします」

 平日の陽が暮れた頃の、プールのすいている時間を狙って、クロール綺麗競争を開催した。狙い通り、誰もいないプールに三人が揃った。お揃いの水着と帽子とメガネの美苗と七瀬さんは、どこかの代表チームの選手のように見える。雪仁は、コーチのように、水着の上にジャージを着ている。

「じゃあさ、雪仁は私たちが飛び込むまで後ろを向いていて、飛び込んだ音を聞いたら振り向いて。そうすれば水の中の二人だけ見ることになる。二往復するから、最後のタッチの前でまた後ろを向いて。そしてジャッジ。いい?香津海もオッケー?」

「勝ったらどうなるの?」と七瀬さん。

「特に賞品とかは無し。名誉のみ、クロール美人として認定」と美苗。

「それだけ?」と雪仁。

「いいから、やるよ。誰か来る前に。雪仁、後ろ向いて。香津海、せーので飛び込みね」

「はい」

しばらく間があって

「せーの」と二人が声を合わせて飛び込んだ。雪仁は、振り向き二人のクロールを見つめる。二人とも呼吸を合わせて同じストロークで泳いでいく。雪仁には全く違いがわからない。どちらもとても美しいフォームだ。水面を滑るように泳ぐ姿は、二人とも確実に前世は魚だったに違いないと思わせる。二往復目で体半分くらい一コースのクロール美人が遅れる。でも、フォームは乱れずに美しいまま、最終ターンを終えた。このままでは、ほんとうに差が無いので、勝ち負けのジャッジが出来ないと思っていたら、急にプールの照明が消えて、非常灯の明かりだけになった。泳いでいた二人は、それに気づいたようだったが、最後まで泳ぎきりプールサイドに上がってきた。暗さに目が慣れていなかったので、どちらのコースから誰が上がって来たのかはわからなかった。

「停電?」

「なんか事故かなぁ」

「地震とかなかったよね?雪仁」

「うん、揺れてはいない」

「ちょっと待ってみよう」

「どうだった?あたしたち」

「区別がつかない、全く一緒。ジャッジは無理だよ」

「ほんと?」

「ほんとに。同点引き分け、二人ともクロール美人認定」

「なにそれ」

「ちなみにどっちがどっち?」

「一コースが香津海」

「そっか。まぁ、それを聞いたからってジャッジは変わらないけどね」

「なんか、釈然としない」と不満気な美苗。

「じゃあさ、今度、動画撮るから見てみなよ」

と言っていると、受付の青年が現れて状況を説明した。

「すいません、原因がまだわからないのですが、近所一帯が停電みたいです。なので、ロビーは非常用電源で明るいので移動していただけますか?」

「びしょびしょだよ、あたしたち。更衣室は?」

「ロビーだけなんです、非常用電源が繋がってるのは」

「ここでいいよ。目も慣れて来たから大丈夫。水には入らないから」

「そうですか、すいません。様子がわかったら知らせに来ますので、しばらくお待ちください」

「了解」

スマホも更衣室においてきているので、状況を調べることもできない。ただ濡れた水着のままプールサイドで待つしかなかった。

「水には入らないって言ったけど、入ってみない?雪仁も水着、着てるよね?」

「うん、この下、水着」

「真っ暗なプールなんて、なかなかは入れないよ。雪仁の夢みたいに真ん中でぷかぷか浮いてみようよ。天井も開いてるから星見えるかもよ」

「いいですね、それ」と七瀬さんも乗ってきた。

「危なくない?大丈夫」と雪仁だけが慎重だったが、真っ暗なプールにぷかぷかする誘惑には勝てなかった。

 三人でプールの真ん中に浮かんで夜空を見上げた。僅かだけれども開いた天井から星も見えた。プールの水を循環させるモーターも空調も止まっているせいで水がわずかに揺れてコースロープにあたる音しか聞こえない。三人とも黙っている。そうすることが正しいと感じていた。雪仁は、いつもの夢を思い出し、飛び込み台の方に視線を向けた。でも、そこには、飛び込み台に座ってスカートから伸びる細い脚をパタパタさせている片想いの女の子の姿はなかった。横に浮かぶ二人は眠っているように静かに漂っている。雪仁は、目を閉じてさっきの二人の綺麗なフォームのクロールを思い出していた。突然、天井の照明がつき、モーターの低い回転音が聞こえ出した。プールサイドから受付の青年が叫んでいる

「大丈夫ですか?聞こえますか?」

雪仁は、大丈夫という合図のつもりで右手を上げ、プールサイドに向かって泳ぎ出した。でも、二人のクロール美人は、その声を無視したまま漂っている。やがて館内にアナウンスが流れる。

「先程の停電の為、只今から全館の安全点検を行いますので、本日の営業は終了させていただきます。館内のお客様は、誠に申し訳ございませんが、速やかにお帰りの準備をお願い致します。詳しくはお近くのスタッフにお尋ね下さい。ご協力のほどよろしくお願い致します」

それでようやくクロール美人の二人は、泳ぎ出し、プールサイドに上がってきた。

「先に着替えて、ロビーにいるね」

「わかった。後でね」と美苗は七瀬さんと女子更衣室に入っていった。あの二人は、プールに浮かびながら何を考えていたのだろうか。ずいぶんと静かに横たわっていた。目を開けていたのか閉じていたのか、星を見ていたのか眠っていたのか、後でそれぞれにきいてみようと思う。ロビーに出ると受付の青年が寄ってきて、すいませんでした、と再度謝るので、

「君のせいじゃないからいいよ、電力会社とかそっち関係のトラブルでしょ、仕方ないよ」と言うと、

「あのお二人、クロール綺麗ですね」と言うので試しに

「どっちのが綺麗なクロールだと思う?」と聞いてみた。

「難しいですね、どちらも。差はないですよ。似てますけど、姉妹とか?」

「いや、友だち。似てた?」

「はい。顔というより、骨格ですかね」

「骨格?」

「はい、骨格が似てると腕の動きとか、泳ぎも似てくるんです」

「なんとなく理屈はわかる気がする。水泳部?」

「いえ、大学で、スポーツトレーナーの勉強をしていて」

「体育大学?」

「はい、そうです」

「あっ、来たよ、二人。君たちは骨格が似てるって、彼が」

「骨格マニア?」

「違うよ、大学で勉強してるんだって、トレーナーの。なっ?」

「はい。二人のクロールが似ているのは骨格のせいだと思います。関節の可動域とかが、ほぼ同じ感じで、だから泳ぎが極めて近いものになっています」

「ほら、専門家がそう言うんだから、僕が見分けられないのも、頷けるでしょ」

「なんか握らせた?彼に」

「いえ、なにもいただいてません」

「冗談よ。骨格が似てても、性格は似てないね」と美苗。

「そうですか?根本は近いのかなって、この前からちょっと思ってます」と七瀬さん。

「嬉しい。こんな可愛い子に似てたら、ね」

「美苗は、可愛いよ、大丈夫」

「大丈夫が余計」

「ほんと、美苗さん、可愛いです」

「二人してなに言ってんの。帰るよ」

 帰りは三人でトンカツ屋に行くことにした。トンカツと天ぷらと寿司は、外で食べるのがいい、というのが美苗と雪仁の共通の認識で、それぞれ行きつけを見つけている。トンカツ屋は、田園調布と決めている。テーブルに着いてカツが来るのを待つ間、プールに浮かんで何を考えていたか二人に聞いてみた。美苗の答えは、「目を閉じたら深海に沈んでいくような感覚で、なにもきこえなくなって、たぶん眠ってた。ミスチルの深海のジャケットの椅子に座って、雪仁の下手なクロールを見て、ちゃんと教えなきゃって思ってた。そしたら館内アナウンスが聞こえて、起きたの」だった。七瀬さんは、「私は逆で、目を閉じたら星空に吸い込まれていくような感覚で、眠ってた。風の吹く音だけが聞こえていた。そして、どこかの海を見下ろしているの。ドローンの映像みたいにね。そうしたらダンボールが漂っているのを見つけて、よく見たら【中学 カツミ】って書いてあって、引越しでなくなったものだった。拾おうとして近づこうとしたら、ダンボールに水が浸みて沈んでいってしまって、その時、館内アナウンスが聞こえて起きたの」だった。

「雪仁は?」

「僕は、星を見てから、いつもの夢のように飛び込み台に女の子が座っていないか確認して、誰もいなかったから目を閉じて二人のクロールを思い出していた。そうしたら天井の照明がついて、受付の青年が叫んでいたから、プールサイドに上がった。だから眠ってはいなかった」

「分析して。スペシャリストでしょ。プールに浮かぶ深層心理」

「分析するほどのことはないじゃん。二人ともわかりやすい」

「そう?」

「うん、まず美苗は、僕のクロールがいつまでも上達しないことが気になっている。自分がちゃんと教えていないことも。ミスチルは、たぶん昨夜、テレビで特集を見たから。『深海』が聞きたくなった?」

「だいたいあってる。『深海』を聞こうと思ったんだけど見つからなかったの、買って持ってたはずなのに。誰かに貸した記憶もないし。雪仁、知ってる?」

「確かさ、あのスキンヘッドが、聞きたいって持っていったよね?すごい昔だけど」

「ほんと?よく覚えてるね、いつ」

「あのインテリア取材のとき」

「それだ。返してもらってない」

「もう五年くらい前だよ、あの取材。それから聞いてないってこと?」

「そうね、そんなもんでしょ、ひとしきり聞いたらね。また次の新譜もあるし」

「でも、繋がったね、メールするネタが出来た」

「呼ばれたかな、ミスチルパワー」

「なんですかそれ?スキンヘッドとかシンカイとか」と七瀬さんは不思議そうに尋ねる。

「香津海かと思ったメールね、カツマヒロシっていうカメラマンじゃないかってこの前判明して、その人スキンヘッドなの。で、そのスキンヘッドが『深海』を借りていった」

「シンカイって?」

「あっ、ミスチルのアルバム、CD。香津海はミスチル聞かない?」

「はい」

「『深海』いいよ、今度貸してあげる。スキンヘッドから返してもらったら」

「七瀬さんとミスチルは、ミスマッチだなぁ」

「そんなことないよ、国民的バンドだよ、みんな聞くべきよ」

「ベスト盤とかの方がいいんじゃない」

「いや、香津海には『深海』」

「シンカイでお願いします」と七瀬さん。

「私も分析してもらえますか?」

「七瀬さんは、引越しでなくなったものがずっと気になっているんだけど、この前、僕らに話したことで、それを改めて思い出した。ラオスと日本の間だから、なんとなく海に落ちたとイメージしている。実際は海に落ちるなんてことはほとんどありえないのに。たぶん配送センターとか空港での仕分けで間違えた」

「惜しいです。ずっと気になっているのは当たってます。でも、本当に海に落ちたんです。そのダンボールに入れていた表彰状の筒が高知の砂浜で見つかって、届いたんです。何年か前に。拾った人が表彰状の名前をもとに私を探してくれて」

「なんと、すごい話」と美苗。

「だから、海なんです。他のものはたぶん海の底に沈んでしまったんですかね」

「ほら、『深海』でしよ、やっぱり」と美苗。

「ほんとだ、すごいね美苗」

「偶然。もしかして、だからシンカイって、て聞いたの?香津海」

「はい」

「すごいね、プールの深層心理。で、雪仁のは?」

「自己分析か」

「じゃあ、あたしが分析する。雪仁は、片想いの思い出をずっと大事に抱えている。寝ても覚めても。あと、あたしたちの競争の判定ができなかったことを悩んでいる」

「そのままだね、どこにも繋がらない」

「きたよ、食べよう。雪仁、カツとエビ一切れ交換しよう」

「いいよ」(続く)



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by ikanika | 2017-09-10 15:46 | Comments(0)

揺らぐポートレイト  連載第三回

 七瀬さんの顔は、やはり雪仁の記憶にはなく、しかし、紛れもなくプールで見たクロール美人は、彼女に間違いないと思いながら二人の会話を聞いていた。

「雪仁、香津海だよ、覚えてる?七瀬さん」

「うん、お久しぶりです」

「こんにちは」と七瀬さんは、また小さな声で言った。こんなに小さな声で話す子だったろうかと、記憶を辿ってみるけれども、当然何も思い出せない。

「ということで、いいよね、雪仁」と美苗が言ったのだけれど、その前の会話を全く聞いていなかったので、適当に、

「うん、いいよ」と答えてみたら、どうやらこれから七瀬さんはうちに来て一緒にご飯を食べるという話になっていたらしい。

「ネバネバ素麺だけど、いいの?」と二人に聞くと、美苗が

「素麺、大好きだって」と答えて、七瀬さんは横で頷いていた。二人は車の後部座席に座り、ずっとおしゃべりをしている。聞こえるのは美苗の声ばかりで、時折、七瀬さんの声が聞こえるのだけれど、やはり小さな声なので内容までは聞き取れない。家に着くと、とりあえずビールで再会を祝い乾杯をした。雪仁は、冷蔵庫にあるものをかき集めてつまみをつくりながら、いつまでも続く女子トークを聞くとはなしに聞いていた。ネバネバ素麺が出来上がったので雪仁も一緒にテーブルに着いた。

「いただきまーす」と、すでに散々つまみを食べているのに美苗は元気に言って、七瀬さんにも、「どうぞ食べて」とすすめ、「わたしがつくったんじゃないけどね」というお決まりの一言を付け加える。

「でね、香津海、メール送ってないって」

「そう、じゃあ、広瀬さんとも結婚してない?」

「誰ですか、広瀬さんて?」と七瀬さんは小さな声で質問した。

「メールアドレスがね、ktmhrs76だったの、でね、そのアルファベットは、母音抜きだって雪仁が言うから、ktmは、カツミで、hrsはなんだ、ってことになって、ヒロセじゃないってことになって、つまり、七瀬香津海は、結婚して広瀬香津海になったんだよって妄想してたの」と美苗が説明した。

「すごい推理ですね。でもひとつあってます。アドレス、わたしも母音抜きです。ktmnnsです」

「ほんと?すごい」

「ほら、母音抜きって、よくやるよね?」

と雪仁が七瀬さんに同意を求めると

「はい」とまた小さな声で答えた。

「そうなの。あたしは知らなかった。そういうの、雪仁から聞くまで。じゃあ、あたしは、mnkしかないよ、母音抜きしたら。飯岡美苗」

「美苗みたいな名前の場合は微妙だね」

「微妙っていうか、そこから名前推測できないよ、絶対。飯岡なんて、kだけだもん」と言うと、七瀬さんのツボにはまったようで、顔を真っ赤にして笑いをこらえていた。

「じゃあ、誰だろうねメール。もう組み合わせ考えるの無理。ktmhrsは、ヒロセカツミしか考えつかない」

「まぁ、放っておけばいいよ。あれからメール来てないんだし、七瀬さんにはこうして会えたんだから」

「そうね。香津海、半年前から奥沢なんだって。住所は奥沢だけど、駅は、九品仏?」

「そう、商店街の方です」と七瀬さん。

「ヒロセカツミは、深沢だからな。ちなみに、七瀬さん、クロール上手い?」と雪仁は試しに聞いてみる。

「クロール?水泳の?」

「そう水泳」

「はい、水泳部でした」

「もしかして、あそこのジムに行ってたり?」

「はい、通ってます」

「美苗、クロール美人だよ、七瀬さん」

「ほんと?」と美苗はネバネバ麺を頬張りながら言う。

「さっきも行ってた?」

「はい、でも泳いではいません。帽子を忘れて、更衣室に。それを取りにだけ」

「じゃあさ、先週かな、朝、泳いでた?」

「えーと、水曜日に」

「ジムまでは、歩き?スポーツウェア着ていく?あそこの交差点通るよね?」

「尋問だよ、雪仁」

「はい、スポーツウェア着て歩いて、あそこの交差点は通ります。見られてました?なんか変なことしてました?」

「いや、大丈夫。見かけただけだから」

「実在したね、クロール美人」

「なんですか?そのクロール美人って」

「雪仁、説明して」

「水曜日の朝に、僕も泳ぎにいったんだけど、他には誰もいなくて監視員もいなかったからプールの真ん中でぷかぷか浮いてみた。なんでそんなことしたかと言うと、ずいぶん前からよく見る夢があって、それは真夜中のプールで浮いている夢でね、浮いていると昔片想いだった女の子が現れて、クロールを教えてくれるという夢。だからね、真夜中じゃないけど実際に試しに浮いてみた。そしたら誰かが飛び込んできて、綺麗なフォームでクロールをしていたので、見惚れていた。その日以来、クロール美人には会えていなくて、いつかまた現れるんじゃないかと期待してプール通いをしていた。美苗も会ってみたいと、どっちのクロールが綺麗か競争したいという。でも、全然現れないから、美苗には浮いているうちに寝てしまって夢を見たんだって言われて、そう思い始めていた。クロール美人は、夢の中のまぼろしだと。でも、七瀬さんに話を聞くとそのクロールをしていたのは七瀬さんで、夢ではなかったということがいま判明したというわけ」

「でも、まぼろしだったほうが、よかったかもですね、ロマンチックで。私じゃなくて」

「いや、事実がわかってよかった。そんな異次元的な話は興味ない人間だから、七瀬さんでよかった」

「いまだに夢に出てきてしまうその片想いの人に会いたくないんですか?」

「中学生のイメージで止まってるから、会わないほうがいいよ」

「でも、会わないとずっと夢見ません?」

「だからね、あたしが片想いの人になりかわることにしたの。ね?」

「どうやって?」

「絵を描いて。肖像画。あそこの」と言って

寝室のドアを少しあけて、絵を七瀬さんに見えるようにした。

「いい絵ですね。飛び込み台。でも、絵を描くとどうしてなりかわるんですか?」

「夢の中でね、その女の子は、ぼくに自分の肖像画を描いて欲しいと言うんだ。描いてくれたら、その代わりにクロールを教えるからと。もしクロールが出来るようになったら、僕は片想いじゃなくなってその子と付き合えるかもと。だから美苗の中学生の時の肖像画を描いて美苗を片想いの相手だったことにした。わかった?」

「もし、私を描いたらどうなるの?雪仁さんの片想いの相手になってしまうのかしら?」

「もう、美苗を描いたから、それはないよ、たぶん」

「じゃあ、描いて欲しいです」

「七瀬さんを?」

「はい、いまの私じゃなくて、中学生の時の私を」

「写真とかある?」

「なにもないんです。だから描いて欲しいんです」

「なにもないって?」

「大学二年の時、一年間だけ休学して父の転勤についてラオスに行っていて、日本に戻る時に荷物を送ったら、一部荷物が紛失してしまったんです。日本のトランクルームとかに預けていけばよかったんですけど。中学生の時の写真とか、昔の記念品とかはなくなってしまって。だから中学生の自分が欲しいんです」

「そうか、そんなことが。でも、どうやって描こうか?」

「雪仁さんの想像で、いいです。片想いの人に似てしまっても」と言って小さく笑った。

その表情は、どことなく片想いの子を彷彿とさせた。

「描いてあげなよ」と美苗も言うので、とりあえずいまの七瀬さんをスケッチさせてもらい、そこから中学生の時の七瀬さんを想像することにした。完成までは、少し時間がかかるかもしれないことを了承してもらい描き上がったら連絡をすることにした。七瀬さんは、歩いて帰れるというので、マンションのエントランスまで降りて見送った。

「かわいかったね、香津海」

「七瀬さんて幾つ?美苗より若いんでしょ?」

「同じ」

「そうなの、なんで敬語なの?」

「派遣で私が先輩だったから?あと、体育会系なんじゃない、ああ見えて、水泳部でしょ」

「そういうこと」

「じゃない、上下関係はきっちりするタイプ」

「美苗とは、ちがうね」

「あたしも体育会系よ」

「でも、なんか違う」

「育ちが違う、香津海、お嬢様よ」

「そうなの?」

「長野に別荘持ってた。派遣の時、一回行ったよ。すごかった。掃除機がね、壁にあるの」

「どういうこと?」

「各部屋の壁に穴があいていて、そこに管というかパイプ?掃除機の先っぽのところを差し込むとグイーンって吸い込むの。それで、ごみは外のタンクみたいなところに回収されて、そこにごみの回収車が来る」

「なんかテレビで見たことある、それ」

「豪邸のスタンダードなのかなぁ」

「じゃない。奥沢の家も凄いのかなぁ」

「どうなんだろうね、一人暮らしって言ってたけど。で、描けるの?想像で」

「わかんない、っていうか、どうなっちゃうかね」

「いずれにしても、美人だからいいよね」

「確かに」

 翌日から七瀬さんのスケッチを眺めながら、彼女の中学生時代を想像してみるのだけれど、どういう風にイメージしたらいいのか、考え方のポイントがわからず、作業は全く進んでいない。よくテレビとかで、芸能人の卒業アルバムの写真と今現在の美人になった写真を比較して見せられたりするけれども、おそらくそういう作業を頭の中でして描いていけばいいのだろうということはわかる。しかし実際そんなことができるのかというと、たぶん無理だ。特殊メイクでも老けメイクは、かなりの歳まで可能だけれど、大人が中学生になるというのは、子役の仕事だ。なので、ネットで七瀬さんに似ている子役を探してみるが、中学生女子のサイトばかりを見ていると自分が変質者みたいに思えてきて、すぐにやめた。結局、勝手に妄想するしかないという結論に至り、手はじめに自分の中学校の卒業アルバムを開いて、そこに七瀬さんがいたとしたらというイメージトレーニングをしてみた。お金持ちのお嬢様で声が小さい、というキャラクターがクラスにいる、と考えるとかなり具体的にイメージが湧いてきた。髪は長く真っ直ぐでサラサラ、シャツもソックスも見事に真っ白だ。成績優秀だけれど、余計なクラス委員とか係はあえてあてがわれない。あくまで七瀬さんは七瀬さんで、そこにいるだけでいいのだ。当然ピアノも弾けて、運動は、球技は苦手だけれど、足は早く、体は柔らかく体操は得意。なぜなら小さい時からバレエをやっていたから。加えて、水泳が好きで、とても綺麗なフォームでクロールをする。なぜなら、別荘にプールがあるから。これだけの情報が揃えば、描けそうだけれど、相当な美人中学生が誕生することになる。大丈夫か?中学生の雪仁は、本当に七瀬さんに片想いをしてしまわないか、と心配になる。ここでさらに美苗から新たな情報がもたらされる。

「香津海からメールでね、中学生の時は、メガネをしていたんだって。目が悪くて。だから雪仁に、メガネありでお願いします、って、オッケー?」

「オッケーだけど、中学生のメガネ美人って、難問だなぁ」

「確かに。中学生の男子ってメガネしてる女子が実はメガネを取ると可愛い、とか考えないもんね」

「そうなんだよ。水泳の授業で初めてメガネをとった顔を見て、ドキっとする」

「先にさ、メガネなしで描いて、後からつければいいんじゃない?」

「絵だからね、うまくいくかね?メガネの落書きしたみたいにならないかなぁ、フィギュアとかならその手があるけど」

「そっか、イタズラ書きだね、それ」

「まぁ、でもわかった。メガネは重要ポイントだな」

「がんばれ、雪仁!」

 雪仁が自分の部屋で、七瀬さんを描いていると、美苗が突然ドアを開けて、

「カツマヒロシ」と言う。

「誰?」

「勝間博よ、カメラマンの」

「誰だっけそれ?」

「何度かさ、取材で来たじゃんウチに。あのインテリア取材の時も。スキンヘッドの」

「あぁ、スキンヘッド。が、どうしたの?」

「メールよ、あのktmhrs」

「ほんとだ」

「苗字が先だけど、あとsと最後にhがないけど、いいんだよね、これ母音抜きだよね」

「厳密な決まりはないから」

「じゃあ、絶対そうだ。ビンゴ」

「よくわかったね」

「雑誌見てたら、勝間さんの写真があって、カツマ?カツミ?同じじゃんって。そしてヒロシ、ヒロセではなく」

「探偵みたいだな、美苗」

「で、1976年生まれだから、76」

「そこまで調べた」

「ウィキで」

「個人情報ダダ漏れ」

「でも、返信しない方がいい?万が一、人違いの可能性あるかな?やっぱりヒロセカツミが実在したりとか」

「大丈夫だと思うけど。念のため、勝間さんの知り合いに聞いてみたら?アドレスと、あと最近深沢に引っ越したかとか」

「そうだね、そうする。誰か編集者の子が知ってそう」

「ちょっと見て。どう?」と描きかけの七瀬さんを美苗に見てもらった。

「カワイイ」

「カワイイよね、こんな子がクラスにいたら男子全員好きになるよ」

「でも、香津海は、本当にこんなだったかもよ」

「いいかな、こんな感じで仕上げて」

「でも、メガネはこれから?」

「そう」

「それ次第じゃない。メガネ描いたら可愛くなくなるかもよ。メガネが似合わないかもよ」

「そっか、メガネないとダメかな?」

「ダメだよ、香津海の思い出なんだから。雪仁の好みは関係ないの」

「確かに。でも、美人は大抵メガネ似合うから大丈夫か」

「まぁ、そうだけどね」

「メガネ描いたらまた見て」

「いいよ。雪仁、音楽やめたら絵描きになりなよ。あなたの中学生時代描きます、とか言って」

「美人限定でね」

「客は選べないの」(続く)


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by ikanika | 2017-09-06 19:16 | Comments(0)

揺らぐポートレイト  連載第二回

 雪仁は、三年前からフリーのレコーディングディレクターをしている。レコーディングをするアーティストの録音現場を取り仕切る仕事と言えば、なんとなく想像つくかな、と美苗に説明したことがあるのだけれど、実際どんなことをしているのかがわからない、と言われた。おそらく大多数の人がそう言うだろうと雪仁も思っているのだが、他に上手い説明が思いつかなかった。ある日テレビを見ていると、新人アーティストのレコーディング風景が映っていた。

「雪仁は、どれ?」と美苗が大きな声できくので、雪仁は立ち上がって画面の前まで行き、アーティストが入っているガラスブースの外で椅子に座って何かと指示を出している男を指差して、「こいつ」と言った。

「偉そう」

「偉いよ、現場監督だから」

「へぇ、すごいじゃん」

「いまさら知った?」

「でも、大変そう。雪仁がオッケー、とか言わないとダメなんでしょ?」

「そうだよ」

「責任とれないよ、そんなの、あたしだったら」

「だから、売れなかったら、クビ。次はない」

「こわー」

「売れればいい」

「そうだけど、売れる売れないは、雪仁だけの責任じゃないじゃん」

「まぁ、そうだけど、一番責任取らせやすい。あんな風に偉そうだから」

「偉そうにしなければいいじゃん」

「偉そうにしないと、現場が締まらない。アーティストとかミュージシャンは、時間とか予算とか関係ないから、黙ってたらいつまででもやってる。だから、僕が適当なところで終わらせる為にいる。オッケーイコール終わりってこと。信頼感のある憎まれ役」

「かわいそう」

「だよね」

「やめちゃえば」

「なんで?」

「だって、なんだか理不尽よ」

「でも、音楽も録音現場も好きだから」

「売れるといいね、神倉さん」

「神倉さんの作品は、多分、十年後も聞かれると思うよ。普通にヒットするとかしないとかいう尺度じゃないところで残っていくと思う」

「でも、ヒットしないと雪仁はクビでしょ」

「そこが微妙なとこだな、神倉さんの仕事は」

「あたしも好きよ、彼女の歌」

「ありがとう」

美苗との会話は、いつも自由だ。雪仁には、その自由さが今の自分にとって救いになっていると思っている。

 その後、ヒロセカツミことktmhrs76からはメールはなく、美苗も「香津海じゃなかったのかな」と自分の推理に自信をなくしていた。六月になると雪仁が通っているジムのプールは、天気が良い日には開閉式の天井を開けるようになる。そのタイミングで美苗も気まぐれに「あたしも泳ぎたい」と言って、ジムについてくる。しかし、雪仁は、もっぱら朝早くに泳ぎにいくので、朝が弱い美苗とはなかなか一緒に出かけられない。それでも、月に三、四回は、二人で早朝のプールに行く。

「この前、綺麗なクロールの女性がいたって言ってたよね」

「残念ながら、あれ以降、見かけない」

「今日とかいないかなぁ、いたら競争するのに」

「競争?」

「どっちが綺麗か競争。雪仁が審判」

「フェアーなジャッジが出来かねます、身内なので」

「いいよ、別に、その人の方が綺麗だと思ったらそう言って」

「いや、美苗の方が綺麗だった」

「テキトー、あたしの泳ぎ、ちゃんと見てないくせに」

「見てるよ」

「うそつき」といたずらに笑って、美苗は更衣室に入っていった。

 雪仁は、着替えを済ませ先に泳ぎはじめていた。ターンをしてコースを反対方向に戻っていると、一番端のコースに女性が飛び込み、綺麗なフォームのクロールをしていた。そのコースは、前に見たあの女性が泳いでいたコースだったので、もしかしたらと思って美苗を探しつつ端のコースの女性が泳ぎ切って上がってくるのを待った。美苗の姿が見当たらないうちに、端のコースの女性が上がってきた。よく見るとそれが美苗だった。

「雪仁、見てた?あたしの泳ぎ」

「綺麗なクロールの女性かと思った」

「綺麗なクロールの女性じゃないの?あたし」

「いや、綺麗」

「テキトー」

「本当に、綺麗なフォームだった」

「アーウィンショーよ、それじゃあ」

「夏服を着た女たち」

「競泳水着を着た女たち、だよ」

「クロールで泳ぐ女たち」

「競泳水着でクロールする女たち。どれもイマイチ。やっぱり、夏服だね」

「サマードレスの訳なんだよね、あれ」

「サマードレスの女たちじゃ、なんか、いけ好かないね」

「いけ好かないって、いいね」

「なにが?」

「なんとなく、的を得ている」

「ありがと」

そろそろ混み始める時間なので、雪仁と美苗はいつものパン屋さんに寄ってから、家に帰って朝食にすることにした。

「やっぱりいなかったね、クロール美人」

「うん」

「雪仁、本当に見たの?もしかして、ぷかぷか浮いているうちに夢でもみてたんじゃない?」

「いや、見た、夢じゃない」

「クロールトラウマで、クロール美人が出てきたんだよ」

「・・・」そう言われると雪仁はそんな気もしてくる。もともとプールにぷかぷか浮いていたのは夢の中のことで、この前は誰もいないのをいいことに悪ふざけで浮いてみたのだ。それもほぼ徹夜明けだった。寝てしまっても不思議ではない。だとしたら、この前信号待ちの交差点で見かけた女性はなんだったんだろう。雪仁の中では日が経つにつれて、あの女性がクロールをしていたと確信を持って言えるようになっていた。でも、それが七瀬香津海なのかどうかは雪仁にはわからない。六年前にほんの数回、家に来て食事を一緒にしただけなので、正直、記憶が曖昧なのだ。ただ、七瀬香津海という名前は、女優さんの名前みたいだね、と会話をしたので記憶に残っているのだ。

 その日は、雪仁は午後からスタジオで美苗は、夕方から打ち合わせでそのままご飯を食べて帰ってくるという。なので雪仁の夕食は、外食か、スタジオで弁当か、早く終われば帰ってきて作る、という三択になる。自分の車での移動なので、前者二つは晩酌が出来ない。やはり晩酌はしたいので出来れば帰ってきて作りたいのだけれど、録音が予定通りに終わるかはやってみないとわからない。今日は、神倉さんの録音ではなく、急に今日中に一曲だけ仕上げてほしいという単発の仕事なので終わりの時間は全く見えていないのだ。ギャラがよかったので受けたのだけれど基本あまりやりたくない仕事だった。案の定、現場はアーティスト、事務所、レコード会社、タイアップのクライアント、代理店と録音作業には直接関係のない輩がわんさかといて、全くクリエイティビティのない録音だった。雪仁は、時間をかけたからといっていいものが出来上がる現場ではないと判断し、そこそこのところで終わらせるつもりで臨んだ。おそらく事務所の社長がキーマンだろうと判断し、基本、社長に意見を求めることにした。社長は、雪仁と同学年だということが途中から判明し、ただそんなことだけで雪仁のジャッジを百パーセント信頼し、作業は予定よりも早く終了し、みんな満足気に帰っていった。予定よりもずいぶん早く解散になったので、家で晩酌が出来るなと思い、途中買い物をして帰ろうと家に向かって車を走らせた。いつものジムが近づいて来て、まだずいぶん時間が早かったので、ちょっとだけ泳いでから帰ろうかと思いつく。もしかしたら、クロール美人がいるかもしれないし、とも思いつつ駐車場に車を停めた。いつもの受付けの青年は、雪仁が普段来ない時間に現れたので、「珍しいですね、こんな時間に」と声をかけてきた。

「仕事が思いのほか早く終わって。晩飯までちょっと時間があったから寄ってみた」

「ありがとうございます。ちょうどプール、ガラガラですよ」

「ラッキー」

 この時間は、いつもこんな感じなのかと水着に着替えて、プールに向かう。外は少しだけ暗くなり始め、照明が点いたばかりという雰囲気だった。天井も開いていて、とても気持ちがいい。早朝もいいが、夕暮れ時もありだなと思いながらクロールをする。誰かが現れる気配もなく、雪仁の一人の時間がゆっくり流れる。受付けの青年にクロール美人のことをきいてみようかと、考える。あれだけ綺麗なフォームでクロールをするのだから、知っているはずだと思う。しかし、もし、美苗が言うように本当に雪仁の夢だとしたら、変わり者だという噂がジムのスタッフ内に広がりかねない。それはリスキーだと考えて聞くのはやめた。一時間ほど泳いで、着替えを済ませて男子更衣室を出ると、同時に隣の女子更衣室に誰かが入っていくのがわかった。はっきり姿を見たわけではないのだが、なんとなくあの女性のような気がした。もう着替えてしまったし、また更衣室に戻って着替えるのもずいぶんおかしな行動だし、さっき男子更衣室にも一人これから泳ぐ為に着替えをしていた人もいた。雪仁が戻ってまた水着になったらなんと思われるだろう。どう考えても、プールに戻るのはやめたほうがよさそうだった。二階からガラス越しにプールが観れるはずだと思い、とりあえずロビーに出て階段で二階に上がった。手ぶらも変なので、自動販売機で水を買い、スマホを片手にガラスの前に立ってプールを見下ろす。撮影禁止のマークがあったのでスマホはポケットにしまった。しばらくすると、あの女性らしき人が帽子とメガネをかけて、プールサイドに現れた。二階からだと遠くてやはり顔は認識できないが間違いなく彼女だと思えた。この前と同じように一番端のコースに綺麗に飛び込んだ。まるで魚のように滑らかな入水だった。その後、あの綺麗なフォームでクロールをする。この前の美苗のクロールと区別がつかない程似ていた。美苗の言っていた綺麗競争をしたら、ジャッジできないくらいにどちらも綺麗だと雪仁は思う。しばらくぼんやりとそのクロールを眺めていると、泳いでいるのは美苗なのではないかと思えてきた。そう思い始めると見れば見るほど美苗にしか見えない。更衣室の入り口で感じた気配は、あの女性を探すことに囚われている自分の勘違いだったのではないか。プールサイドに上がった女性は、帽子とメガネを取り、首を寝かして耳に入った水を出している。よく見るとやはり、それは間違いなく美苗だった。打ち合わせと食事会と言っていたのにどうしてここにいるのだろうか。なにか事情があってキャンセルになったのだろうか。とにかくロビーで美苗が出てくるのを待つことにした。

「美苗」

「あれ、なにしてるの?」

「同じ質問を返すよ」

「編集長が急性胃炎とかでドタキャン」

「録音、早く終わらせたから」

「なるほど」

「なるほど」

「気があうね、私たち」

「でも、こんな時間に来たのは初めてだよ」

「あたしは、そうでもない」

「そうなの。買い物ついでに時々。いつもガラガラだからこの時間」

「そうだよね、ガラガラ」

「買い物した?」

「まだこれから」

「じゃあ、して帰ろう」

「うん」

 車に乗り込み、家とは反対方向の駐車場の広いスーパーに向かった。家の近所のスーパーは駐車場が小さいので、この時間はタイミングが悪いと駐車待ちになってしまうのだ。

「今日もクロール美人いなかったね」

「実は、僕、二階からずっと見てたんだ、クロール美人」

「えっ、いたの?」

「クロール美人だと思って見てたら、美苗だった」

「なにそれ」

「見分けがつかなかった、泳いでいる姿だと」

「そんなに似てた?」

「うん、一緒。綺麗競争しても勝負がつかないよ」

「なにー!」

「やっぱりさ、夢だよ。夢であたしが泳いでるのを見たんだよきっと」

「そんな気がしてきた」

「そういうことにしておきな。クロール美人は、実は妻でした、って。たぶんさ、あの絵、肖像画描いたでしょ。それでさ、夢に出てくる片思いの女の子もさ、あたしに入れ替わったんだよ。夢の中の過去を追認した結果。だから、残念ながら片思いの女の子の思い出は消えてなくなっちゃったんじゃない」

「なんと。美苗が片思いの女の子か」

「そう、雪仁は、中学生の時の片思いの女の子と結婚できた幸せな男でした。めでたしめでたし」

「微妙。淡い思い出が消えたか」

「叶わなかった恋はいつまでも美しいからね」

「歌詞みたいだな、売れない歌手の」

「だから、忘れていいの」

「なるほど。美苗、説得力ある」

「今日、なに食べる?」

「蒸し暑いから素麺?」

「いいね、ネバネバいっぱい買っていこう。納豆、オクラ、長芋、あと、なんだ?」

「もずく?とか」

「そんな感じ。あとビール」

買い物を終えてスーパーの駐車場に出ると、美苗が立ち止まり急に振り返って

「香津海?」と言った。

声を掛けられた女性は、振り返り美苗を見つめる。しばらくして、ようやく美苗だとわかり、

「美苗」と小さな声で言った。(続く)



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by ikanika | 2017-09-02 23:13 | Comments(0)


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