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『HALLOWEEN COOKIES』




HALLOWEEN COOKIES




ハロウィンクッキー 



 ある日、君が「かわいいクッキーがあったから」とハロウィンのクッキーを手みやげに持って現れた。お化けや猫やコウモリ、魔女の帽子といったキャラクターを型どったクッキーだ。僕はとりあえず「ありがとう」と言って、それを受け取った。午前中に何十個と嫌になる程、見てきたクッキーだとは、さすがに君には言えなかった。会社が在宅勤務になって、通勤時間がなくなり、少し時間を持て余していたので、住んでいるマンションの一階にあるカフェの手伝いを始めた。それも、もう半年になる。あえて君に言うことでもないと思って黙っているので、そのことを君は知らない。君がカフェで買ってきてくれたクッキーが、僕が早朝に袋詰めした物だとは君が知る由もない。今朝も、欠けてしまって商品にならないクッキーをいくつも持って帰ってきていて、キッチンの戸棚に袋に入れたまましまっていた。君が来たら食べてもらわないといけないと考えていたくらい、たくさん溜まっているのだ。そこに、また君からの手みやげが加算されることになる。これはまずいと思い、その場で二人で食べてしまおうと、すぐに袋を開けてお皿の上に出して君に勧めた。

「おいしそうだよ、食べよう」と君に食べるように促す。

「わたしが持ってきたのに、先に食べちゃうのおかしい」と君は僕に先に食べるように勧める。

「だよね、じゃあ」と僕は緑色をした、お化けのクッキーを齧る。

「どお?」と君は小さく笑いながら僕に尋ねる。

「うん、おいしい、美優も食べて」もう何個も食べているクッキーだけれど、あたかも初めて食べるように振る舞う。

「なんだろう?その黒いのは」

「これ?猫じゃない?」

「じゃなくて、黒くしている材料のこと」

「あっ、そっちね。えーと」と君は袋の裏のシールを見る。

「ブラックココアだって」

「へぇー」と言ってみるけれど、当然知っている。そのシールも僕が貼ったのだから。

「こういうの、大変よね」

「こういうのって?」

「だって、一個一個袋詰めして、このシールとかも貼って、でしょ?」

「うん」

「それで、何百円とかで」

袋詰めもシール貼りも僕がやっているのだ。ここでそれを打ち明けると君はどんな反応をするだろうか、と想像する。間違いなく、驚くだろう、そして「なんで?」と理由を尋ねるような気がする。答えは明確で「時間を持て余していたから」だけれども、それを君が納得するかは、わからない。怪訝そうな顔をするかもしれない。理解できないと言うかもしれない。

「ねぇ、聞いてる?」

「あぁ、聞いてるよ、これでいくらだったの?」知っているけれど尋ねる。

750円」

「まぁ、そんなものか。たくさん売らないと厳しいね」

「私、無理、そういうの」

「そういうの?」

「細かい単純作業」

「わかる、無理そう」

「高山さんは得意そうよね、そういうの、上手そう」

まぁ、実際やっているからね。君が、つい手みやげに選ぶような気の利いた感じの袋詰めとシール貼りをしているからね、と心の中で呟く。

「たぶん、得意。上手くできるよ」

ここまでの会話をして、いまさら真実を打ち明けるわけにはいかない。もう、そういうタイミングを逃している。このまま君に真実を伝えることはやめようと思う。君が真実を知らなくても物事は上手く流れていくのだ、いや知らなくても、と言うより知らない方がいいこともある、という証明、言った方が正解だろうか。

 君は残りのクッキーも、美味しい美味しいと言ってとりあえず一袋は全部食べきった。

「結局、わたしの方がたくさん食べてる」と君は笑いながら言う。それでもまだ二袋残っている。

「ぜんぜんいいよ」

「美味しくない?」

「いや、美味しい、ありがとう」

「あとは高山さんが食べて、明日とかに。また買ってくるから」

「うん」

そういうことではないのだけれど、なにも言葉を返すことができずに、僕はただ曖昧な笑顔で君を見る。




カフェのランチ



 二時前に高山くんが現れる。彼のいつものランチタイムだ。

「こんにちは。まだ、ご飯ありますか?」

「ちょうどあと一つ」

「よかった」と高山くんはいつもの席に座る。本当は、ちょうどあと一つ、ではないのだ。もう、きょうのランチは全部出つくしていて、あるのは自分が賄いで食べようと思っていた物だけなのだ。でもいい、高山くんは、それでも喜んで食べてくれるのだから。いままでも何度かそういうことがあったけれど、あえて「これ、賄いだから」とは言ったことはない。彼がそれに気づいているのかどうかはわからない。もし、気づいていても何も言わないでいるのだろう。彼はそういう性格だと思う。お互いに暗黙の了解。なるべくロスは出したくないのでランチの数を絞っていることは、もう何年も通ってくれている高山くんは知っている。二時近くになれば当然売り切れていることが多いのも知っているはずなのだ。それでも、彼は大抵いつも、この時間に現れてご飯を注文する。あたかも、私が賄い用に一食残しているのを知っているかのように。

 他のお客さんは、もう食事は済ませていて、どのテーブルにもランチは出ていない。なので、高山くんのランチだけ他の人と内容が違うということは、彼は知る由もない。場合によっては、他のお客さんが、それに気づいて「あの人だけ私たちと内容が違う」なんて思っているかもしれないけれど、そんなことを口に出すお客さんは、いままで一人もいない。きょうも高山くんの隣席には、女性の三人組がいるけれど、おしゃべりに夢中になっていて、高山くんのご飯のことなんて眼中にない。高山くんは、いつもきれいな食べ方をする。時々、ご飯粒やお惣菜をだらしなく少しだけ残す人がいるけれど、彼はとてもきれいに食べてくれる。よく言われることだけれど、間違いなく躾というか家庭環境によるものなのだろう。会ったことはないけれど、彼の家族の食卓の様子が想像できる。

 高山くんは、食べ終えると席を立ち小さな紙袋を持って私のいるカウンターの前に立った。

「これ、クッキーなんですけど、マスター食べます?こういうの」とハロウィンのキャラクターらしきものを型どったクッキーがたくさん入った袋を見せる。私が自分で買うにはどう考えても可愛すぎるものだ。しかし

「食べるよ、クッキーとか、甘いもの好きだから」と答える。

「じゃあ、どうぞ、これ」と高山くんは、手に持った手提げからさらに三つクッキーの入った透明な袋を取り出した。

「そんなにたくさんどうしたの?」

「僕が住んでるマンションの一階にカフェあるじゃないですか、そこのです」

「買ったの?」

「いえ、もらったり」

「もらったり?」

「正確には、あそこでバイトしてて、半端なものをもらって、あと彼女がくれたり」

「それのおすそ分けね、バイトしてるんだ、あそこで」

「はい、在宅で時間を持て余してるんで、朝」

「なるほど、いいね」

「そしたら、昨日彼女がそれを買ってきて。僕が袋詰めしてるなんて知らないから。でも、それ僕が袋詰めしてて、たくさんもってるって言えなくて、そんなに一人で食べれないし」

「そうね、言わなくていいことってあるからね、それ、ありがたくもらうよ」

「はい」

 高山くんは、私が食べるつもりだった賄いをきれいに食べきって、満足気に帰っていった。私は食べるものが何もなくなってしまったので、とりあえず高山くんがくれたクッキーを齧る。ブラックココアが入ったコウモリの形の真っ黒なクッキーは、私好みの甘さで、とても美味しかった。




黒豚



 実家の母から黒豚のしゃぶしゃぶ肉が届く。先日旅行に行った時に、母にお土産をと思って、そこでしか買えないお菓子を配送してもらう手配をした。予定通り届いているか気になっていたのだけれど、母からは何も連絡がなく少しモヤモヤしていた。そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、ある日突然、何の知らせもなく高級な黒豚のしゃぶしゃぶ肉が母から届いたのだった。どう考えても私が送ったお菓子よりも高価なはずで、もしかしたらゼロが一つ違う世界のものかもしれなかった。すぐに母に電話をしてみたのだけれど「東京は大変そうだからお肉でも食べて精を出しなさい」などと言っていつものように、こちらの話を全く聞こうとせず、最後に「あなたの好きな煮物も入れといたけど、すぐに食べて、ダメになっちゃうから」と付け足すように言ってあっさりと電話を切られた。荷物のダンボールには、確かに高級肉の下にタッパーに入った母の煮物が隠れるように入っていた。ちゃんと冷ましてから入れたのだろうか?お肉が痛んでいないか心配になる。冷蔵便で届いたから大丈夫なのだろうけれど、大雑把な母のことだから、もしかしたら、なんとなく冷めたという程度で入れた可能性もある。電話で確認しようかとも思ったけれどやめておいた。せっかく送ってくれたのに、そんなことで電話をしたら母だって気分がわるいだろうし。でも、出来たら早く食べてしまった方がいいように思い、翔平さんに一緒に食べようと連絡をした。母から高級肉が届いたと言うと、翔平さんは「やったー!」と子供のようなリアクションをして「カフェを閉めたらすぐ行く、日本酒がいいよね」と言って、途中の酒屋さんで澤乃井という東京のお酒を買って現れた。ずいぶんの量のお肉だったから食べきれないかと思っていたけれど、翔平さんはお腹が空いていたらしく「全部食べれる?」という私の質問に「余裕」と即座に答えた。みるみるお肉が減っていくのは気持ちがよかった。母の煮物のせいで、悪くなっていないかと心配していたことは、もう忘れてしまっていいと思った。そんなことを目の前で美味しそうにモリモリ食べている翔平さんには言う必要はないだろう。

「この煮物も美味しい」と翔平さんが言うので

「そう?好き?」と答えた。

「理美がつくったの?これ」

「うん」

お肉と一緒に母が送ってきたものだとは、なんとなく言えなかった。煮物のせいでお肉が悪くなっていないか心配している自分が判断した咄嗟の嘘だった。後から考えれば、翔平さんが、ちゃんと冷めていない煮物と生のしゃぶしゃぶ肉が一緒に送られてきて、お肉が悪くなっているかもしれない、なんていうことまで想像するわけがないのだから、普通に「お母さんが送ってきてくれた」と言えばよかったのだ。

「私の好きなお母さんの味、教わったの」

と言ってみたけれど、実際に作ったことはなかった。ただ確実にこの母の煮物の味は舌が正確に記憶しているだろうから、忠実に再現できるという自信だけはある。翔平さんは、しゃぶしゃぶも煮物も食べ終わるとカバンをごそごそと探りだして、中から可愛いラッピングのクッキーを取り出した。

「はい、これ、ハロウィンクッキー」

「どうしたのこれ?買ったの?」

「いや、もらった、お客さんに」

「そうよね、翔平さんがこんな可愛らしいの買ってるところ想像できないもの」

「僕もこれは選ばない、きっと。お母さんにもお礼にこれ送ろうかな?クッキー」

「いいよ、そんなことしたら、また倍返しで何か送ってきちゃうから。倍というよりゼロ一つ違うって感じのものを」

「そっか、わかった。美味しかったってお礼だけは伝えといてね」

「うん」

煮物のことで連絡なんてしないでよかった。明日の朝、美味しかったってお礼の電話だけを入れよう。




カフェ・オ・レ



 コロナのことがあったから、理美とランチをするのは四ヶ月ぶりになる。それまでは月に少なくとも二回は、インスタグラムとかで気になったカフェで待ち合わせてランチをしていた。外出自粛がなんとなく解けて、ようやく外食が出来るような気分になったとは言え、はじめてのお店に行くのは、なんとなく落ち着かないから、理美の彼、翔平さんの店で会うことにした。翔平さんのお店は繁華街から離れた住宅街にあって、席の配置もゆとりがあるので密を気にしなくて済みそうだったから、ちょうどよかった。待ち合わせの時間より早く着いてしまったので、一人で先に席について理美を待った。翔平さんは、他のお客さんの対応に忙しくしていたので、最初に挨拶をしたきり特に会話もしないでしばらくスマホをいじりながら時間をやり過ごしていた。

 理美からラインが届く。

「美奈子、ごめん、乗った電車が人身事故で止まってしまって、いまようやく運転を再開したから」と。

「翔平さんに、ごはんを取り置きしてくれるようにいまラインしたけど、既読にならないからちょっと聞いてみて」とも。

席を立ち翔平さんに声を掛ける。

「理美からで、ごはんを取り置きしてほしいって、翔平さんにもラインしたみたいなんですけど、大丈夫ですか?」

「あっ、そうなんだ、理美、何かあったの?」

「人身事故で遅れるって」

「どのくらい?」

「さぁ、そこまでは言ってないんで、わからないですけど、さっき運転再開したって」

「わかった。ランチ二つね」

「はい、お願いします」

また理美からラインで「あと二十分くらい」と。

「あと二十分くらいみたいです」と翔平さんに伝える。

「先に何か飲む?」ランチタイムで忙しいのに頼んでいいのだろうか、と少し躊躇する。

「そうですね、、、じゃあコーヒーいいですか?」

「了解」と翔平さんは淡々と他のお客さんのランチを用意しながら、その合間にコーヒーを淹れてくれた。本当はカフェ・オ・レにしたかったのだけれど、なんとなく手間が掛かるような気がしてコーヒーにしておいた。翔平さんにとって、カフェ・オ・レとコーヒーとで作る手間かどれくらい違うのかは、わからないのだけれど、自分の心の負担を軽くしたいということで、そうしただけのことだった。

理美は連絡してきた通りに二十分後に現れる。

「お待たせ。美奈子、何飲んでるの?」

「あっ、コーヒー」

「珍しい。いつもカフェ・オ・レなのに」

「うん、最近飲めるようになったのコーヒー」少しの嘘。

「美奈子さん、ミルク要る?」と翔平さんの声がカウンターの中から聞こえる。二人の会話か聴こえていたようだった。

「いえ、大丈夫です」

些細なことだけれど、これでいいのだ。私の優先順位は好きなカフェ・オ・レが飲めることよりも、翔平さんに負担がかからないことの方が上なのだ。それは自分の心の負担の問題であって、他者を思いやってと言うことではなく。




レモンパスタ



 美奈子さんと帰り時間が一緒になって、なんとなく「ごはんでも行きます?」と誘ってみたら「いいよ、おごらないけど」と返事が来て会社の近くのレストランに行くことになった。ひとりでも時々帰りに寄っている店だったので、先輩と言えども女性と二人でそこに行くことに少し躊躇したけれど、ほかに適当な店も思い当たらなかった。案の定、店に入るとカウンターにいたオーナーが意味深な眼差しを向けてきたのがわかった。しかし特にリアクションをせずに席に着く。

「よく来るの?ここ」と美奈子さんはオーナーの反応に気づいたのか質問をしてきた。

「はい、まぁ、時々」

「そう」と美奈子さんは、それだけ言ってメニューを開いた。しばらく眺めてから

「永井くんに任せる」とパタリとメニューを閉じ、美奈子さんは店の中をゆっくりと見渡した。その仕草にオーナーを含めた店員たちは、少し緊張したように思えた。

 前菜やフリットなどいつもオーダーするものをいくつか選んでから、パスタは美奈子さんに選んでもらおうかと思い

「パスタは何がいいですか?」と訊いてみた。美奈子さんは店内に掲げてある黒板の手書きのメニューをしばらくじっと見つめて

「レモンパスタ?」と少し語尾を上げて言った。

「あっ、それ美味しいですよ、僕もよく頼みます」

「じゃあ、それ」と美奈子さんは少し笑みを浮かべて言った。レモンパスタはいつも食べているので、きょうは違うものにしたいと思っていたのだけれど仕方がない。全部食べてまだ追加で食べられそうだったら他のものを頼むことにしようと思う。

 美奈子さんは細身でスタイルがいいのに、よく食べることが意外だった。レモンパスタまで食べ終わって「まだ何か頼みます?」と訊いてみると「そうね、まだ食べられそう。もう一つ別のパスタにしようかな。今度は、永井くんが選んでいいよ」

と美奈子さんは、また少し微笑んだ。

「あっ、はい、ありがとうございます」

「食べたことのないもの頼んでみたら?」

「どうしてですか?」

「別に理由は無いわ、なんとなくそう思っただけ」

なんでもお見通しなのだろうかと、メニューに目をやりながら、美奈子さんの顔をちらりと覗き見する。ワイングラスを口元に持っていったまま、空を見ているようだった。覗き見する僕の視線に気づいたのか

「決まった?」とこちらに視線を向けて言う。僕は

「パスタじゃなくてリゾットでもいいですか?」と尋ね返す。

「いいわよ。永井くんが何にしたか、当ててみようか?」

「はい」

「ポルチーニ茸」

「あたりです。どうしてわかったんですか?」

「わかったんじゃなくて、私が食べたいものを言ってみただけ」

僕は美奈子さんがどんな答えをしても「あたりです」と答えるつもりだった。

「一緒でよかったです」と言うと、美奈子さんはまた小さく微笑んだ。




カツ丼セット



「永井、昼メシ行くか?」

「あっ、はい、でもこれ片付けてからにしようかと」

「なにそれ?」

「チーフに言われた資料です」

「いいよ、そんなの、あとで。きょうもう戻らないじゃん、チーフ。泊まりロケだから」

「ですよね、じゃあ、行きます」

「長寿庵だよ」

「またですか?坪倉さん週に何回行きます?長寿庵」

「いいじゃん、好きなんだから」

「で、カツ丼ですか?」

「いや、カツ丼セット」

「あー、セットですね」

「そう。永井は?」

「僕は、鴨南蛮にします」

「鴨好きだな、この前もそうだったじゃん」

「好きなんで」

「この前、美奈子さんと飯行っただろ」

「えっ?」

「バレバレ」

「なんでですか?」

「オーナーが言ってた」

「あー」

「ショートカットの美人、多部ちゃん似、だって」

「似てます?」

「オーナーにはそう見えたんじゃない。俺は違うと思うけど」

「じゃあ誰ですか?」

「・・・名前が出てこない」

「誰だろ」

「そのうち思い出すよ。で、どうだった?」

「何がですか?」

「美奈子さん」

「どうって、ただごはん食べただけなんで」

「っても、なにかあるだろ?」

「何かって」

「何かだよ」

「うーん、なんか、お見通しって感じで、ビビりました」

「ビビった?」

「はい、こっちの考えてること、全部わかってる風で」

「例えば?」

「僕が何を食べたいかとか」

「当てられた」

「はい」

「ポルチーニ茸」

「えっ、」

「俺も当てられた」

「ポルチーニ茸?」

「そう」

「行ったんですか?坪倉さんも?」

「あぁ、まぁ、ね」

「・・・」

「・・・」

「カツ丼セットって、カツ煮なんですね」

「そう、自分で乗っけるタイプ。別々に食べてもいい」

「なるほど。初めて見ました、そういうの」

「カツ丼だと、最初から乗っかってくる。なんでセットだとカツ煮なのか、俺もわかんないけど」

「美奈子さんと、よく行くんですか?」

「まぁ、たまにね」

「あっ、来た、鴨南蛮」

「でも、あれだよ、美奈子さん、一緒に住んでる男いるんだって」

「まじですか?」

「この前言ってた」

「本人がですか?」

「そう。がっかりした?」

「まぁ、わかんないですけど、微妙です」

「微妙?」

「はい」

「・・・」

「・・・」

「それ、俺だよ」

「えっ」




牡蠣



 いまから突然会いたいなんて連絡したら、どんな風に思うんだろう。昨日会ったばかりなのに、また今日会いたいなんて、ちょっと重いだろうか。でも、もう近くまで来てしまった。あと角を一つ曲がれば坪倉さんのマンションが見えてくる。部屋に居るだろうか、居たとしても、あの彼女も一緒だろうか。だとしたら連絡したら迷惑がられるだろう、きっと。でも、会いたい気持ちを、どこに追いやったらいいのかわからない。断られてもいいから、会いたいという気持ちだけ伝えたら落ち着くだろうか。逆に断られたりしたら、もっとどうしたらいいかわからなくなってしまうのだろうか。「いまから会えませんか?」と、もうスマホに打ち込んでいる。あとは送信をするだけだ。たったそれだけのこと。ジッと画面を見つめる。送信ボタンが指のすぐ近くにある。そっと触れるとあっけなく送信済みになった。簡単なことだった。ここからがしんどい。なんて返事が来るのか、待つのがしんどい。でも、すぐに返事が来る。まるで坪倉さんも手元にスマホを持っていて、私からのメッセージを待っていたみたいに。

「いいよ、今どこ?」

「近く」

「うちの?」

「そう、マンション見える。豆腐屋さんのとこ」

「待ってて、すぐ行く」

なんだ、すぐに会えるんだ、簡単。でも、会ってどうする。なにも考えていない。そろそろ夕食の時間だけれど、何か食べたりするのだろうか。とりあえず坪倉さんが来てから考えればいいか、とドキドキしながら待った。豆腐屋さんからいい匂いがしている。「揚げ出し豆腐は五時からです。」と張り紙がしてある。これの匂いかぁ、とぼんやり考えていたら、目の前に坪倉さんが立っていた。

「揚げ出し豆腐ね、ここの美味しいんだよ。買って帰る?」

「えっ」

「うちでご飯食べようよ、いい?」

「いいけど、大丈夫なの?」

「大丈夫。もういないから美奈子は」

「どうして?」

「先週、出て行った」

「そっか」

「だから大丈夫。ワインも買って行こうか、それとも日本酒のがいいかな?揚げ出し豆腐あるし」

「私はどっでもいいです、そんなに飲めないから」


 坪倉さんは、手際よくキッチンに立ち、料理をした。私よりもきっと上手だと思う。

「お料理、なんでそんなに出来るんですか?」

「今の仕事の前は、レストランにいたから。だいたいなんでも出来るようになった」

「そうなんですね。シェフ?」

「よくある洋食屋だから、そんなに洒落た感じじゃないよ」

「家庭料理に近い感じ?」

「そうだね」

前にお付き合いしていた人も料理人だった。本格的なフレンチのお店にいたせいか、家ではあまり料理をしてくれなかった。作ってくれたのは大体が試作を兼ねた料理で、なんとなく嬉しくなかった。

「彩さん、なにか苦手なものある?アレルギーとか」

「いえ、なんでも大丈夫です」

「牡蠣も?」

「はい、大好きです」

と答えてからもう十年くらい前に、一度あたったことを思い出す。それから一度も口にしていない。でも、好きなことは嘘ではない。大好きで、そのときも確か神戸で牡蠣そばを食べたのだった。体調が悪かったせいもあってか、あたってしまって、旅行は諦めてホテルでずっと寝ていたのだった。

「美奈子ね、うちの後輩のとこに行ったんだよ」とキッチンから坪倉さんの声が聞こえた。

「よくやるよね、そういうこと」

そんな話を急にされても、どうリアクションしていいのかわからない。

「そうなんですね」と小声で曖昧な返事をする。

「はい、出来たよ。食べよう」

並んだ料理の中に、どこに牡蠣があるのかわからない。

「美味しそう」と言ってみる。どうしよう、牡蠣はどこに?と聞いても大丈夫だろうか。でも、並んだ料理はどれも確かにプロ並みの出来栄えだった。たぶん、間違いなく牡蠣も美味しいだろうし、もう十年も前のことだ、あたることなんてないだろうと思って気にせず食べることにした。

「昔ね、美奈子、牡蠣にあたったことがあってね。体調も悪かったせいもあったんだろうけど、だから聞いたの、さっき」

「そうなんですね」としか言えない。でも、まだ一体どれが牡蠣の料理なのかわからない。どうしようか、と考えていると、どの料理も全く味がわからない。きっと全部美味しいはずなのに。




マロンと蜂蜜



 少し子供っぽいかと思ったけれど、年に一度のハロウィンなんだから、まぁ、いいか、と思って彩にもクッキーをあげることにした。

彼のマンションの一階にあるカフェに先週に続いてまたクッキーを買いに来た。彼は在宅勤務のはずだから部屋にいるのだろうけれど、きょうは彩との約束があるので、会わずに帰るつもりでいた。

 開店直後のカフェは、まだ誰もお客さんが入っていなくて、シンとして空気が澄んでいるように感じた。カウンターに並んだクッキーも、誰もまだ手をつけていないので整然と綺麗に、お行儀よく並べられていた。そこから二つ手に取りカウンターに持って行ってお会計をお願いしていると入り口の扉が開いて彼が現れた。

「あっ、美優、どうして?」と彼はひとことだけ口にして私を見つめている。私も同じことを言おうとしたけれど、上の階に住んでいるのだから別に当たり前かと思い直し、彼の質問に答えようとしたら、お店の人が彼に

「きょうもお疲れ様でした、助かりました」と言った。どういうことだろう?お疲れ様でしたって、と不思議に思って彼の顔を見ると、目が泳いでいる。どういうことか訊きたかったけれど、とりあえず彼の質問に答えることにする。

「こらから彩に会うからクッキーあげようかと思って、買いに来たの。このハロウィンの」

「そっか、そうなんだ」

「高山さんのお知り合い?」とまたお店の人が会話に加わる。

「うん、そう」と彼が答える。

「毎日助かってます、ほんとに」とお店の人が私に向かって言う。何を言っているのか、わからないけれど、愛想笑いをしてみる。

「寄ろうと思ったんだけど、よく考えたらあまり時間がないから、きょうは行くね、彩のウチ、鎌倉だから」

「そうだよね、ちょっと遠いからね」

なんだかお互いにへんな距離感で別れる。彩の家に向かう電車の中で、どういうことなんだろうかと、ずっと考える。お店の人の言葉をそのまま受け取ると、彼はお店の為に何かをやっている、ということだろう。一体なにを?考えても分からないから、モヤモヤするけれど今度会ったら聞いてみればいいや、とそのことはもう考えるのはやめることにする。

 彩と待ち合わせたカフェで、私はコーヒーとりんごのタルトを、彩はハーブティーとマロンと蜂蜜のケーキを頼んだ。待っている間に、買ってきたクッキーを彩に渡す。

「はい、これプレゼント。ハロウィンクッキー」

「かわいい。ありがとう」

「高山さんのマンションの一階のカフェで売ってるの」

「高山さん、元気?」

「うん、でも、ずっと在宅勤務で、ちょっとストレス気味かも」

「私も」

「彩も在宅勤務なの?」

「そう。週に一度だけ出社」

「そうなんだ。坪倉さんとは?」

「それがね、彼、美奈子さんと別れてね、なんとなく上手くいきそうなの、私たち。でも、牡蠣にあたった」

「牡蠣?」

「そう、この前、彼のウチでご馳走になったんだけど、その時に。十年前に一度だけあたったんだけど、もう大丈夫かと思って食べたら、ダメだった」

「あらー、残念」

「ほんと残念。味は好きなんだけど、ダメみたい。美優はそういうのある?ダメな食べ物、アレルギーとか」

「うーん、特にないかも。あ、ケーキ来た。そのマロンと蜂蜜っていうの美味しそう」

と言ってみたけれど私は蜂蜜がアレルギーなのだ。もし、彩が一口くれるとか言ったらどうしようと内心ドキドキしていた。でも、そんなことはなくそれぞれのケーキをそれぞれに食べた。コロナのこともあるし、一口貰うとかそういうやりとりは、この先あまりやらなくなるのだろうかなどと考える。彩の目の前に置かれた緑色のクッキーのお化けと目が合う。彼がそれを齧っていた姿を思い出して、おかしくなる。もう、ハロウィンも終わりだから、あのカフェではおそらく今度はサンタのクッキーを焼くだろう。そしたら、また彼に買って行こうと思う。お化けのクッキー以上に似合わない気がする。





おわり。





by ikanika | 2020-10-22 22:02 | Comments(0)


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