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feminite _ フェミニテ PT/08




PT/08






 成海さんは、田中さんのマネージャーを始めた。とりあえず最初は、仕事の依頼のメールのやり取りや、スケジュール管理だけだったけれど、今は、ギャラ交渉と請求書管理など、事務仕事のほとんど全てを担当し、外部の多くの人たちは、成海社長の元で仕事をしている田中カメラマン、という認識をしている状態になっていた。成海さんの希望で、撮影の現場には顔を出さないというのも、そういう解釈をされる一因となっているようだった。

 その田中さんからある日、恭史に直接連絡が来て、成海さんの手を写したモノクロのプリントを借りたいという。カメラマン活動三十周年の作品集をまとめる企画を進めていて、どうしてもあのモノクロプリントをそこに入れたいという話だった。こういう作品集の素材を集めたりするのは、成海さんの仕事なのではないかと思い

「じゃあ、成海さんに渡せばいいですか?」と言うと

「それがね・・・」と田中さんは内緒話のトーンに切り替わった。

「冴絵ちゃんに言ったら、恥ずかしいからって、断られちゃったの。でも、あの写真は、どうしても入れたいから、作業は進めちゃって、事後報告」

「なるほど。三枚ともですか?」

「そう、いい? 私が持っているのを合わせて全部で四枚。その状態で載せたいの」

「もちろん、いいですよ。どうしますか? どこかに持って行きますか?」

「そんな手間、おかけしちゃうと、あれなんで、お店に取りに行くので、持ってきておいてくれますか?」

「わかりました。じゃあ、カフェに置いておきますので、いつでも」

「ありがとう」

「冴絵ちゃんと鉢合わせしないようにしないとね」

「確かに」

「いつ来るとか、わかってるの? 冴絵ちゃん」

「いや、全然。どちらかと言うと、こっちが想像していないタイミングで現れる印象です。昔から」

「なんと、そうなのね。わかった。とりあえず、行くときに連絡入れます」

「了解です。お願いします」


 その連絡から四日後に、田中さんが写真を取りにカフェに来ることになった。昼過ぎから近くで撮影があるから、終わったら立ち寄ると言うことだったので、時間は、わかり次第連絡をもらうことにした。万が一、そのタイミングで成海さんが来ていたら、という可能性を考慮して。しかし、そこまで、用心しても、例えば、田中さんが来た直後に、成海さんが現れたら、それまでだ。可能性がないわけでない。成海さんが事前に連絡をして来ることは、あまりない。恭史が「こっちが予期しないタイミングで現れて、喜ばせてくれる」と言ったことがよほど嬉しかったのか、そういう現れ方を、それ以来楽しんでいるようだった。


「今から、向かいます。多分、二十分くらいで着きます。冴絵ちゃん、大丈夫ですか?」と田中さんからメール。大丈夫といえば、今は大丈夫なので、とりあえず

「大丈夫です、お待ちしてます」と返信をする。しかし、なんとなく、もしかしたら、という予感がしないわけではない。ここ三日のうちに、成海さんは現れていない。木曜日の定例「答えあわせ」も、いまは不定期になり、会える時は会いに来るというスタンスに変わったので、恭史は、そろそろかもしれないという気がしている。


「車、お店の前でいいですか?」と田中さんが現れる。

「はい、少しだったら、大丈夫です」

「じゃあ、コーヒー一杯だけ頂いていきます」

「わかりました。そこにあるのが、写真です。額装したので、そのまま。ちょっと重いですけど、車だから大丈夫ですよね」

「まぁ、立派な額」

「はい、ちょっと良いのにしました」

「データに残すので、一旦、額から外しますけど、良いですか?きちんと元には戻しますので」

「全然、大丈夫です。はい、コーヒーです」

「ありがとうございます」田中さんは、カウンターに座って、寛いでいる。車のこともあるから、そんなに長居はしないだろうけれど、リスクを回避するには、あまり寛いでもらっても困る。

「冴絵ちゃんに来てもらって、本当に助かってます。本当に丁寧な仕事をしてくれて。私がいい加減だから、特にお金のこととかね」

「そうですか、そういう経理的なこと出来るんですね、彼女は」

「うん、なんか向こうでもやってたみたい。それに、お母さんのことで、それなりに大変だったみたいだし、お金の面で。だからかどうかは、わかんないですけど」

 恭史の知らない、真実のひとつ。いずれ何かの話の流れで、知れればいいことだと思っていたけれど、お母さんの治療費は、北青山のお金持ちの方が用意してくれたとはいえ、それ以外にも、やはり、金銭的な苦労をしていたのかもしれない。そこまでは、踏み入って話を聞いてはいないし、成海さんがあえて進んで話したいことでもなければ、聞かなくてもいいと思っていた。どこまでのピースを埋めればいいのかは、未だに見えていない。


 カフェの扉が開く。入って来たのは、成海さんだった。

「やっぱり」と成海さん。

「あっ」と田中さん。

「車が田中さんのみたいだったので、もしかしたらって。どうしたんですか?今日?」

「この近くで撮影だったの、それで寄ってみて」

「あっ、そうですよね、今日のスタジオ、この近くでしたね」

「じゃあ、マスター、そろそろ」と田中さん。あまりに不自然な帰り方だと思う。

「えっ、なんでですか? 帰っちゃうんですか?」

「車、停めっぱなしだし」そんな理由もおかしいと恭史は、吹き出しそうになる。

「なんか、怪しい。田中さん、内緒話? 恭史さんも? なに?」

「田中さん、おかしいですよ、その帰り方。いいじゃないですか、僕から話しますから」

「ごめんなさい。苦手で、こういう演技、というか。すいません」

「成海さん、あの袋に入ってる額、わかるよね?」

「あっ、手。だめですよ、田中さん、だめだって言ったじゃないですか、恥ずかしいって、もう。恭史さんも貸しちゃだめですよ」成海さんは本当に嫌なようだった。

「そんなに嫌なの?成海さん」

「嫌とかじゃなくて、恥ずかしいんです。恭史さんだから、いいと思って、こんな風に大きくしただけなのに、他の人に見られるなんて、絶対だめです」

「でも、わからないよ、誰も、成海さんの手だって」

「そういう問題じゃなくて」

「どういう問題?」

「ごめんない、本当に、マスターは悪くないから、喧嘩とかやめてね、本当、ごめん。これはやめるから、載せるの。誌面に使った、カラーの小さいのだけにするから、それならいいんだよね? 冴絵ちゃん?」

「はい」

 成海さんの、ふくれっ面を初めて見た。恭史の知らない顔。こうやって少しずつ絵が完成されていくのかと思う。恭史には、まだまだ知らない成海さんがたくさんいる。こういう些細な出来事の中にも、それはいくつも存在していて、その一つ一つをこうやって、確認していき、知らない成海さんを知ることが、とても楽しいと思う。そして、絵はこれからもずっと完成しないのではないかと思う。いくらパズルのピースを全部きれいに並べたところで、それは、一時的に、揃った、というだけで、二人が住もうとしている新しい森は、日々変化し、成長して行くものだと気づく。だとしたら、もう答えあわせのようなものは、必要がなく、いま完成している絵で十分だろうと思う。そこをスタートラインとして、日々を歩み、歳を重ねていけばいいのだと。





つづく。




by ikanika | 2020-05-15 09:38 | Comments(0)


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