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feminite _ フェミニテ PT/03




PT/03




 僕らは、レセプションで賑わうギャラリーを遠くに見ながら、話をした。沈黙を埋めていくような会話ではなく、お互いに迷子にならないために、ゆっくりと深い森の中を歩いて、都度、現在地を確認していくような作業だった。急ぐことはない、僕らには、時間はあるのだから。恭史は、はやる心を抑えながら、言葉を探しては、成海さんに、そっと手渡していった。成海さんの手から、その一言ひとことが、こぼれ落ちないように。


「いつ帰ってきたの?」

「ちょうど、ひと月前くらいです」

「そう」と応えながら、ひと月前の自分を記憶から取り出す。おそらく、田中さんの展示会のチラシを手にした頃だろうか。

「連絡しなくて、ごめんなさい」

「うん、大丈夫だよ。成海さんは、いつも、そんなだったから」

「そんなって?」

「会いたくても会えない人。でも、こっちが予期しないタイミングで現れて、喜ばせてくれる」

「それって、いいんですか?」

「どうだろう?わからない。でも、結局、僕は喜んでるんだから、いいのかもね」

「おかしな答え」涙は乾き、少し笑ってくれた。


「今も、カフェを?」

 そうだ、お互いに何も知らないのと同じ。まずは、そこからの話だ、と思う。

「うん、やってる」

「どこで?」

「新百合ケ丘」

「小田急線?」

「そうだね」

 なぜ、そこになったのか、住まいはどこなのか、という踏み込んだ内容までは、今日は、たどり着かなくていい。だから、こちらからも余分な枝葉を伸ばさないことにする。

「私、この近くなんです」

「近くって? 家が?」

「はい。住所は同じ等々力」

 どの辺りだろうか? 誰と暮らしているのだろうか? ひとりなのだろうか? そして、お母さんは? など、聞きたいことがたくさん思い浮かぶ。でも、一つだけにしよう。それも、他愛のない質問。

「じゃあ、歩いて来れる感じ? ここに」

「はい。でも、今日は駅から。仕事だったので」


 徐々にレセプションのお客さんが帰って行って、通りに溢れていた人の姿はなくなり、中の様子が見えるようになってきた。田中さんの姿を探してみるけれど、ギャラリーの中は、まだ沢山の人がいて、見つからない。

「田中さん、見えないね?」

 普通は、ここで「仕事って何を?」という質問だろうけれど、そこも今日は踏み込まないでいい。まだ、見えないことがたくさんあっていいと思う。

「ちょっと行ってみます?」

「もう少し、ここでいいよ。中はまだ混んでるから」

「そうですね、じゃあ、もう少し」

「うん」

夕暮れが迫り、街灯に灯りがともる。

「寒くない? 大丈夫?」

「はい、私は。マスターの方こそ、私の涙でシャツ濡れちゃって、ごめんなさい、寒いですか?」

「平気だよ、ちょうどいい」本当に風が心地よかった。成海さんの涙も風が乾かしてくれていた。

「今日は? このあと?」

「うん、田中さんがご飯に誘ってくれたら」

「えっ、じゃあ、一緒に?」

「うん、そのつもりだった」

「だった、って?」

「どうしようかな、って考えてる」

「いきましょうよ、一緒に」

「それより、二人で少しずつ答えあわせをしていきたい、って思うんだけど」

「答えあわせ?」

「そう。たくさんあった夏休みの宿題を、まとめて新学期に採点するような感じで」

「宿題、かぁ」

「そう、たぶん、いろんなことがあったはずだと思う、成海さんにも、僕にも。僕はずっと想像だけで済ませてきた。でも、こうして成海さんが帰ってきたから、そういう想像だけで終わらせてきたことを、全部テーブルに広げて見てみたい。急ぐことはないと思う。少しずつでいい。丁寧にひとつひとつね」

「はい。わかります、マスターの言っていること。私も、お話ししたいことがたくさんありすぎて、どこから、どう話したらいいのか、わからなくって」

「そうだと思う。だから、時間をかけて、答えあわせをしないか?」

「はい。わかりました。そうしましょう」

 成海さんから少し力が抜けて、表情が穏やかになったような気がした。田中さんには、用事が出来たからと、断りを入れて、ギャラリーを後にすることにした。帰り際に、成海さんと、次の約束を交わす。

「毎週、木曜日、午後五時から、僕の店で」

「はい。わかりました」

「忘れないように」

「なんだか、学校みたいですね」

「そうだよ、答えあわせの時間だから」

「宿題持っていきます」

「待ってる」


 家に着き、無事に再会を果たせたことに、安堵する。抱き寄せた成海さんの身体の温もりがまだ残っている。シャツの涙はすっかり乾いていたけれど、成海さんがつけていたと思われる香水の残り香がする。何という名前の香水だろうか、今度会ったら聞いてみようと思う。書斎に飾られたモノクロの写真を見て、ふと思う、そういえば今日は成海さんの手元を見なかったと。もう大人の女性だ、きっと、きれいなマニキュアを塗っていたに違いない。




つづく。


by ikanika | 2020-05-10 11:00 | Comments(0)


CIP コラム


by cafeikanika

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