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feminite _ フェミニテ PT/01



feminite





流れていった時間よりも、

これから流れていく時間のことだけを、

考えればいい。


少しずつ、

全て想像で終わらせていたことを、

ひとつひとつ丁寧にテーブルに並べて、

答えあわせをしようか。

これから二人が心穏やかに歩いていくための

儀式みたいなものだと思えばいい。


その先に広がる景色は、

いままで見てきた、どの景色よりも、

あたたかな光に満ち、

やわらかな風が吹いているだろう。


毎日、手をとり、口づけを交わそう。

小鳥たちが祝福する森に暮らし、

きみは花を咲かせ、

ぼくは果実を甘くする。

朝日が昇り始めたら水を汲み、

闇が訪れたら火を灯そう。

時には、

湖のほとりに釣り糸を垂れ、

森の茂みに罠を仕掛けて、

ご馳走を味わうのもいい。


そうやって歳を重ね、

ずっと手を繋いで、

歩いて行こう。

そして、

静かな眠りにつこう。







PT/01



 カフェの定休日は、たいてい美術館かギャラリーに行く。お昼前に一軒、午後に一軒。銀座や新宿など都心に行くこともあれば、住宅地にある個人が開いている小さなところに足を運ぶこともある。その日、始めて訪れた世田谷のギャラリーは、自由が丘の駅から十五分ほど歩いた住宅地に隠れるように建っている平屋の一軒家だった。知らなければ普通の民家だと思い、通り過ぎてしまう佇まいをしていた。昔、恭史がやっていたカフェに、どことなく似ているようにも思えた。目的は、写真展だ。ひと月くらい前に立ち寄ったアート系専門の書店で、一枚のチラシを見つけた。何かを接写したモノクロの写真に「KANATANAKA EXHIBITION」とあり、回文のような名だと思う。最初は、それが田中香奈だとは分からなかった。チラシを手に取り、裏を見て、漢字で書かれた名前に見覚えがあると思った。詳細なプロフィールを読み、それが、あの田中香奈だと、ようやくわかった。成海さんの手を撮った彼女だと。田中さんが自分のことを覚えているかは、分からないけれど訪ねてみることにした。本人が在廊しているかどうかの情報もなかったので、会えなければ、それはそれで仕方ないという程度で。

 小さなギャラリーなので、入り口から覗けば中の様子は全て見えて、右手奥に、椅子に座った女性がいた。田中さんだった。約十年会っていない訳だから、当然、歳をとっている。外見もそれなりに変わっているけれど、互いに、すぐにわかったのが嬉しかった。

「こんにちは。お久しぶりです、わかりますか?」恭史は帽子をとって軽くお辞儀をする。

「うわー、お久しぶりです。マスターですよね、あのカフェの、冴絵ちゃんの」冴絵ちゃん、という響きが懐かしい。

「はい、覚えていてくれましたか?」

「もちろんです」

「よかった」

「どうしたんですか? わざわざ来てくださったんですか?」

 チラシを見た経緯などを説明して、展示してある写真を、時折、田中さんに説明をしてもらいながら、一通り見せてもらった。全てモノクロの写真で、どことなくPeter Arnellを思わせる作品もあった。

「そうだ」と田中さんが、急に口を開く。

「車に取ってきたいものがあるので、ちょっとだけ、いいですか? 誰も来ないと思いますけど」

「あ、はい、どうぞ」と恭史が答えると、田中さんは走って出ていって、五分ほどで、紙袋を抱えて戻ってきた。

「ありがとうございます。マスター、これ」

と田中さんは、車から持ってきた紙袋から一枚の写真を取り出した。成海さんだった。成海さんの、マニキュアの塗られた手、あの写真だった。恭史の書斎にも三枚が額装されて飾られている、あの写真だ。しかし、恭史が持っているものとは微妙に撮られた角度が違うように思えた。

「これ、冴絵ちゃんの」

「はい、僕も持ってます、三枚」

「そうですよね、あの三枚のほかに、これもあったんです、ずっと渡しそびれていて。なので、今回の個展で飾ろうと思ってたんですけど、スペースが無くて」

「そうなんですか、僕が持ってるものと違うんだ」近くでよく見せてもらうと、やはり確かに爪に当たる光の角度と、肌のシワの感じが違った。恭史は、書斎で毎日見ているから、些細な違いも田中さん並みにわかる自信はあった。

「確かに、この光の感じとか、違いますね」

「よくわかりますね、マスター」

「毎日見てるので」

「毎日?」

「額装して書斎に」

「そうなんですか、嬉しい。冴絵ちゃんも喜びますね、伝えておきます」

「伝えるって?」

「あれ、マスター知らないんですか?」

「何を?」

「冴絵ちゃん、帰国したんですよ、スイスから。先月。明後日、来てくれるって、ここにも」

 成海さんとの再会が、こんなにも簡単に実現するのか、と想定していない事態に自分の鼓動が少しずつ早くなっていることに気づいた。

「マスターも、もし来れたら、是非」

「明後日って、何時くらいとか?」

「夕方に来てもらって、その後、ご飯でもっていう話をしているので、たぶん、五時とかには?」

「五時ですね、わかりました」

「よかったら、ご飯も、ご一緒に。冴絵ちゃん、びっくりするだろうなぁ、懐かしい、三人が揃いますね」


 帰り道の足取りは、浮き足立っているのとも違う、どこか甘い香りのする森の中を歩いているような不思議な感覚に包まれていた。成海さんの姿を思い浮かべてみるけれど、そこにいるのは当然、十年前の彼女であって、あのモノクロの美しい手の持ち主が、いまどんな大人の女性になっているのかは、想像するしかない。十年という月日がもたらす変化は、通常、それ相当に大きなものであるだろうけれど、成海さんと自分との間に流れたその日々は、二人に変化と呼べるようなものは何も、もたらしてはいない気がする。それが、何によるものなのか、そして本当にそうなのかは、明後日には分かることになる。





つづく。





by ikanika | 2020-05-08 20:23 | Comments(0)


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