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湖のほとりで。 「森の十字路」spin-off-3



3.



 絵里は、ちょっとその辺に買い物に行くのと同じ程度のテンションと軽装で、ミュンヘンに行った。私の運転するオートマのアルファロメオで空港まで送ってあげた。当然、私は前に優斗くんと未樹さんを迎えに行った日のことを思い出していた。助手席に座る優斗くんが、シフトレバーを握る私の手を見ていたことや、帰り道に未樹さんが助手席に座りたがったこと、バックミラー越しに私は優斗くんを見ていたのに彼は全く気づかなかったこと、など。いろんなことを鮮明に思い出せるのは、やっぱり無理矢理忘れようとしていただけなんだと改めて気づく。

絵里に、空港で別れ際に

「お姉さん、優斗くん、どうするの?」

と突然尋ねられる。いつになく真剣な表情で。

「どう、って。別に」

「好きなんでしょ?」何を言い出すのか、このタイミングで。

「答えなくても、いいけど。私は応援するよ、お姉さんだから」

私はまだ言葉が出てこない。ただ絵里をじっと見つめるだけで。

「じゃあ、行ってくるね。帰ってくるとき連絡するね」

「うん、わかった。ありがとう」

まだ私は絵里みたいに、自由奔放には、なれていないと思う。


 一人での帰り道、何を思ったか、未樹さんに連絡を入れてみたくなった。彼女は、あの日、楽しそうに助手席に座って、おしゃべりをしていた。私のことを好きだと、その後、優斗くんに言ったとか。こんな私を好きだなんて。いま未樹さんに会って、どうするつもりなのか、何か考えがあるわけではないのだけれど、もう、電話をかけていた。メールとかではなく。

「もしもし」怪訝そうな未樹さんの声。

「もしもし、未樹さん?」

「はい」

「山下です、山下友絵、わかる?」

「はい、山下さん、どうしたんですか? 嬉しい」嬉しいと言われて、少し体温が上がる。

「今ね、成田からの帰りで、運転してたら、思い出してね、未樹さんのこと」

「運転中ですか? 大丈夫ですか?」

「うん、スピーカーにしてるから」

「あっ、そうか。山下さん、久しぶりです、えー、嬉しい」また嬉しいと言う。

「これから東京に戻るんだけど、夜とか空いてる?」

「今日ですか?」

「うん、急だけど」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、ご飯でも食べない?」

「えー、嬉しい」また嬉しいと。

「どうしよっか? どこにいるの今日?」

「いま料理教室が終わったところで、帰るだけです」

「都立大? だよね」

「はい」

「じゃあ、迎えに行くね、まだナビに住所も入ってるから、近くなったらまた連絡する」

「わかりました、ありがとうございます、嬉しいー」

何度目の嬉しい、だろうか。


 東京へ向かう高速道路は、高層ビル群が見えてくると、いつも心が高鳴る。行ったこともないニューヨークを勝手にイメージして。ブルックリンブリッジを渡ってマンハッタン、本当にこんな感じなのかは、知らない。絵里に今度聞いてみようと思う。渋滞の表示が出ている。夕方のこの時間は、いつも混む。夕方に限らず東京は、車も人も多すぎるから仕方がない。優斗くんが「みんな帰省したまま帰って来なければいい」と言っていたことを思い出す。確かに、その通り。ナビの予測だと、到着時間は1910分。もし、いま、前の車が事故を起こしたら、全く当てにならない時間だと思う。それとも、即座に更新されるのだろうか、いまの時代、そうなってもおかしくはない。すべて、どこかで誰かが監視している。個人情報は保護された上でのビッグデータ活用とかで。本当だろうか? いま、私の行動も誰かが知ろうと思えば筒抜けなのでは。スマホの位置情報で、どこにいるかはわかる、通話記録で未樹さんに電話している、内容も、もしかしたら記録されているのかも、ナビの目的地も外部からも分かったり? 高速道路の監視カメラから私の今日の服装も見えるし、サービスエリアでコーヒーとお菓子を買ったことも当然わかる、なんとかポイントとか言って、データを集めているのだから。そんな妄想をしていると、優斗くんからメールが来た。もしかしたら、見つかった? なんて、ハッとする。まさかだ、ありえない妄想をする。「これから、未樹に会いにいくんですよね?」なんて言ってきたら、どうしようか。渋滞中なので、スマホを手に取りメッセージを見る。

「山下さん、こんにちは。先日は、ありがとうございました。

いま、未樹に連絡したら、今夜、山下さんとごはんに行く、って喜んでました。もし、僕も仕事が早く終わったら、合流していいですか?優斗」

やっぱり、すべて筒抜けの世の中だ。何も考えず、思いつきで行動した事に勝手に枝葉が生えてくる。どうしよう、でも、断る理由がない。優斗くんが、来たら来たで、その時に考えればいいや、と絵里的な思考をすることにした。

「そう、なんとなく会いたくなって連絡してみたの。優斗くんも来れたら来て。いま、まだ高速」こんな感じで、いいか。すぐに返信が来る。

「わかりました。終わりの時間が見えたら、連絡します」と。私に連絡? 未樹さんに? まぁ、一緒だからどっちでもいいのか、と、これも絵里的に、深く考えないことに。

 ナビの言う通りに、1912分に都立大駅前を通過。すごい、ナビ。機会に操られている感覚。本当はこっちが操作しているのに立場が逆転しているように思う。

「未樹さん、もう着くよ」

とメール。すぐに

「下に降りてます」と返信。

 マンションのエントランスに立つ未樹さんは、以前の印象とは違い、前に優斗くんが言っていた「すぐにでも破けてしまいそうな膜を纏っている」なんていう風情は一切なく、どちらかというと、帰国子女によくあるようなサバサバした、たくましさ、みたいなものを発していた。こちらが尻込みするくらい。

「おまたせー」わざとこっちもサバサバした感じで、窓だけ開けて言う。未樹さんはニコニコしながら助手席側に駆け寄ってきて、乗り馴れた彼氏の車に乗り込むようにシートに滑り込んだ。

「久しぶりです、山下さん、嬉しい」また嬉しい、だ。

「元気そう、なんか、たくましくなった感じ」思ったままをそのまま言う。

「そうですかー。ちょっと太ったかも」

「そうなの?」

「毎週、お料理教室なので、食べすぎなんだと思います」

「毎週?」

「はい。作ったもの持ち帰ったり、自分でもおさらいして作って食べたりしてると、食べすぎますよね」

「優斗くんに食べさせたりしないの?」

「いつも夜遅いので、あんまり」

「そうなんだ。今日来るかもって」

「はい、そう言ってましたけど、どうなんだろう」

「あっ、そんな感じ」

「はい」

 なんだぁ、と思う。その、なんだぁ、は、がっかりなのか、ホッとしたのか自分でもよくわからない。車なので、駐車場のある店をと思っていたのだけれど、この界隈ではそういう店はあまりない。コインパーキングに駐めて少し歩くことにした。夜遅くまでやっている創作イタリアンみたいなお店。本当は、ワインが飲みたいけれど今日は我慢する。家までは車を置いて帰っても帰れる距離だけれど、とりあえず、私は水。発泡水。初めて、サンペレグリノというものを知った時、なんてお洒落な水、と感動した。あれは大学二年の時。初めて交際した大学の先輩が連れて行ってくれたお店だった。まだお酒があまり飲めなかった私は「お水で」と言ったら、その彼は「じゃあ、サンペレで」と店員さんに注文した。私は、ドンペリならテレビとかで聞いたことがあったので、その類かと思って

「お酒は飲めないんです」と言った。

「大丈夫、サンペレはお酒じゃないから、ただの泡の水」

「ただの泡の水」というのもピンとこなくて、不思議そうな顔をしていたと思う。

「山下さん、何飲みます? 車だからお酒はダメですよね」と未樹さん。

「うん、サンペレ」さらりと言える自分が愛おしい。

「私、飲んでいいですか?」

「いいよ、どうぞ」

「じゃあぁ、とりあえずグラスワインの白で」まぁ、そうだろうな、と思う。ここで、銘柄を指定でもしたら、それこそ、いけ好かない帰国子女になってしまう。

「どうしたんですか?急に誘ってくださって」

「妹をね、空港まで送ってきて、帰りの道でふと思い出したの」

「絵里さん、どこに?」

「ミュンヘン」

「旅行で?」

「転勤、旦那さんの」

「すごい、ニューヨークの次がミュンヘンってことですか?」

「そうね」このまま絵里の話をしていると、優斗くんが絵里の家に住むという話まですることになる。どうしようか、悩む。でも、黙っていても、優斗くんが来たら、当然その話になるし、その時に思い出したように話すのも不自然だ。言ってしまえ。

「聞いてる?優斗くんから?」

「何をですか?」

「聞いてないか、絵里の家のこと」

「なんですか? それ?」

「絵里の大倉山の家、あるでしょ?あそこに優斗くんに住んでもらうことにしたの」

「はい? 住むんですか? 優斗くん? なんでですか?」まぁ、そういうリアクションだよね、と思う。不思議な話と言えば不思議だ。

「ミュンヘンに行っても、いずれは、帰ってくるから、普通に賃貸しちゃうと、面倒でしょ、だから、知り合いに使ってもらうのがいいね、ってことになって、優斗くんは?って、二人で思いついて、相談してみたの」実際は相談ではなく、お願いという名目の決定事項だったけれど。

「はい」まだ、怪訝そうな顔。

「そしたら、受けてくれた。ちょうど今のアパートが更新みたいで、会社の家賃補助も少ないから助かるって」ここには、脚色も嘘もない。

「そうなんですね、何も言ってくれないから」

「でも、ほんと、最近決まったことだから」

まずかったかな、と未樹さんの顔色を伺う。明らかに沈んだ表情。で、他の話題を探す。けれど、思いつきで誘っただけだから、これと言った話もないのだ。世間話? なんの話? しばらく仕事もしていないし、テレビも見ていないし、もう空っぽになってしまったと思える頭から小説のネタを必死に引っ張り出して、妄想してるだけの毎日なのだ。私からは、何も出てこない。もう未樹さんのことを根掘り葉掘り聞くしかない。でも、何を聞こうか?と考えてると

「あのぉ、その絵里さんの家の話、もう決まったことですか?」未樹さんは、まだシリアスな顔だ、まずいか。

「うん、もう絵里、行っちゃったし。なんか、問題?」

「いえ、最近、あんまり優斗くんと会えてないので、いろいろ、知らないことが、他にもあって」

「そっかぁ」

「山下さん、会ってます? 優斗くんに、最近」

「私も、この前久しぶりに、会って、そしたら、ちょうど絵里の話が出てきたから、それから、また会うようになったくらい」

「もし、今日来たら、ほんと、久しぶり」

「でも、連絡は取ってるんでしょ?」

「そんなに」

「でも、きょうは?」

「ほんと、偶然ですよ、山下さんから連絡をいただいて喜んでたら、久しぶりに優斗くんからも連絡来て」

「そんなタイミングだったんだ」

「はい」

 なんだろうか、この感じ。偶然?誰かが私たちを引き合せようとしているの? やっぱり世の中、全て監視されていて、私たちの知らないところで、誰かに操られている、なんて安っぽいSF映画みたいな妄想がわく。売れない小説のネタだ。赤坂さんから即座に却下される。

「話、聞くよ」頼り甲斐のあるお姉さんキャラ。未樹さんにとっての私はこれなのだ。わかっている。

「はい、ありがとうございます」少しだけ、以前の未樹さんに戻っているような印象。この方が可愛い。

「山下さんの小説、私たちはハッピーエンドですよね?」

「うん、そうしたよ」

「ですよね」

「なんで?」

「ちょっと違ってきちゃったみたいで、私たち」

「そうなの?」

「はい、知らないうちに手を離しちゃったというか、優斗くんが見えなくなっちゃったというか。私も、この先どうしたいか全然わからなくなっていて。学校行って、料理教室行って、お友達と会って、その先に何があるのかなぁ、って。本当は、そこに優斗くんがいつもいてくれて、手を引いてくれることを、私は望んでいて」

「手は引かないよ」

「えっ?」

「あのお話しは、手を繋いでいるだけで、引いてはくれないの。進む道は自分で決めるんだよ。それで転びそうになったり躓きそうになった時だけ、繋いでくれている手があるから、なんとか立ち直れるというか、態勢を維持できる、みたいなことで、どこかに都合よく連れて行ってはくれないの、その手は」

 未樹さんは黙っている。私は自分が言っていることは、未樹さんに言っているのではなく、自らに言い聞かせていることに途中から気づく。その手は、どこかに連れて行ってはくれない。もしかしたら、向こうの手も、どこかに連れて行って欲しいと思っているかもしれないのだ。お互いに、そんな風だったら、もう、どこへもたどり着けない。だったら、誰とも手なんて繋いでいない方が自由でいい。小説では、そんな風に言えるけれど、実際は、そんなにみんな強くはないのだ、私も。いつも誰かと手を繋いでいたいのだ。その手がどこへも導いてくれなくても、ただ繋いだ温もりみたいなものがあれば、それでいい。そして、私にとって、その手の主は、優斗くんなのかもしれないのだけれど、そう認めてしまうことに、まだ躊躇っているのだ。目の前にいる未樹さんや、その他私を取り巻く人達に、そう宣言するなんて、怖くて出来ない。ずっと出来ない気さえする。だから、小説に逃げ込んで、自分に都合のいいストーリーをでっち上げて、なんとか心を維持しているのかもしれない。そんなだから、いつまでたっても、新しいストーリーが書けないのもわかっている。妄想は、常に現実に導かれて、形になっていく。妄想だけでは、すぐに溶け出して形をなくしてしまうのだ。





つづく。




by ikanika | 2020-05-05 11:11 | Comments(0)


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