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「森の十字路」(最終回)



 スマホのメール画面を消し、布団の暗闇の中で優斗はため息をつく。そんなに簡単にハッピーエンドが訪れる訳はないかと、とりあえず未樹に伝えていなかったことを話そうと思う。でも、この前、未樹に話したことは嘘偽りなく本心だったことも伝えなくては、とも思う。会社や山下さんの小説の都合が無かったとしても、あの日あの時に伝えたかった気持ちだと。それを未樹がすんなり受け入れてくれるかはわからないけれども。優斗はすぐに返信をする。



まだ起きてた

今日も明日も予定はないから

すぐにでも会えるよ




 しばらく待ってみたけれども未樹からは返信はなく、そのうちに眠ってしまった。しつこく何度も鳴るインターホンの音で起こされる。魚眼の解像度の低い画面に未樹が写っている。時計は十一時を回っていた。はーい、とだけ言ってオートロックを開ける。

「まだ寝てたの?メールもしたんだよ」

「ごめん、全然気づかなかった」

「さぁ、ごはん作るよ。優斗は朝昼兼用ね」

「何作るの?」

「パスタにしようと思ったけど、起きたばっかりみたいだから、やめて、バケットがあるからサンドイッチにしようかな」

「ありがとう」

「じゃあ、優斗はお湯沸かしてコーヒー淹れて」

「了解」

未樹は、卵を茹で、ハムとレタスを刻んで、あっという間にサンドイッチを完成させた。

「手際がいいね、さすが。それも先生仕込み?」

「そうよ、朝食にそんなに時間はかけれないでしょ、普段は。コーヒーもはいった?」

「うん」

「じゃあ、食べよっ」

小さなテーブルに向かい合わせに座って、コーヒーをすすり、サンドイッチを頬張る。お互い無言だけれど、なんとも言えない幸せな時間だと優斗は思っていた。

「それで、この前の話」

「うん、ごめん、未樹の言う通り、話してないことがあるから、話すよ」

優斗は、山下さんの小説は、自分たちに現実に起こったことをベースに書かれていること、そしてその中で、自分がモデルの大学生と未樹がモデルの大学生のハッピーエンドで終わらせたいと会社と山下さんに依頼されたこと。さらには二年後の二人の姿も描かれることになったことなどを掻い摘んで話した。未樹は怒ったり不機嫌になったりするかと思っていたのだけれど、そんな事は全然なく、

「なんか、凄い話なんだけど、それ本当?」

と未樹は興味津々という表情で訊いてきた。

「本当の話」

「じゃあ、まず、この前は、会社の依頼で結論を急いだっていうこと?」

「それがきっかけではあったけど、話したことは本当の気持ちだよ。会社の都合で急いだわけじゃない、あの日にそう思ったから」

未樹はしばらく考えてから口を開く。

「そう、それは信じていいの?」

「嘘はないよ、絶対」

「わかった、とりあえず。それで、二年後ってどんな話になっているの?」

「まだ読んでない」

「出来上がってないの?」

「いや、原稿はもらってる、けど、読んでないんだ」

「何で?気にならないの?」

「なる、なる。でも、なんか、ね」

「なんか何?」

「そのストーリーに影響されそうで、現実が」

「変なの。気にし過ぎよ。だって小説でしょ?フィクションでしょ?読もうよ、それ。いま持ってないの?」

「あるよ、タブレットに」

「じゃあ、読もう、ね」

「じゃあ、一緒に」

と、優斗は、タブレットの原稿を開いて、二年後の二人が書かれているページを探した。

「今から二年後の部分でいいよね。その前の部分は、後で未樹が一人で読んでよ。いい?」

「うん、いいよ。山下さんと優斗の関係が気になるけど。一人の時に読む」

 一番後ろから遡っていった方がわかりやすいと思い最後までページを送ってから戻ってみた。先週、この部屋で交わされた会話が書かれているページを見つけ、そこから少し先に進むと、二年後の二人が登場した。

 二人でタブレットを覗き込み、ゆっくり読み進む。ページを送る優斗の人差し指が少し震える。隣で未樹は黙って読み進んでいる。その表情を優斗は見ることができずにいる。二人は、すぐ隣にいるお互いの存在を忘れ、息を止めて文字を追い、山下さんが描く自分達の未来の物語の中に入り込んでいった。最後まで読み終わると、未樹は深く息を吐いて黙っている。優斗が最初に口を開く。

「これは、あくまでも山下さんが想像した未来だから」

「でも、悪くないかも」

「そうだとしても、僕らは僕らで二人の道を歩いて行かなくちゃ。山下さんの描いた未来をなぞるのは、ちょっと、どうかな」

 優斗は、ずっと迷い込んでいる森の十字路に立つ自分の姿を想像していた。四方に伸びるどの道も、先が見通せる訳ではなく、どこを選んでも同じように思える。二人が進むべき道がどの道かなんて、やはりわからない。でも、どこかを選ばなくては先へは進めない。いつもだったらまっすぐに伸びる平坦な道を選ぶのだけれど、今度はいつもとは違う道を選んでもいいのではないかと思い、タブレットの原稿を閉じた。「悪くないかも」と言ったきり黙ったままの未樹は、何を考えているのだろうか。山下さんの描くハッピーエンドの未来に沿ってこれからを歩いて行くとすると、未樹はアメリカに行かないことになる。それもわかった上で「悪くないかも」と言ったのだとしたら、その言葉は未樹にとって大きな決断を意味していた。

「アメリカに行かなくてもいいってこと?」と優斗は尋ねる。

「そういうことになるよね、この話だと」

「なんか他人事みたいだけど、未樹のことだよ?」

「わかってる。でも、山下さんの小説を読んでいると、なんか不思議な感じがして、優斗くんが言っていたように、引っ張られる。それが正しい選択だって言われてるみたい」

「確かに、それも分かる気がするけど」

「ねぇ、もしかしたら山下さんは、ほんとうに、と言うか真剣に優斗くんのことが好きだったんじゃないかなぁ?」

「何それ?急になんだよ」

「そんな気がする。その思いを断ち切るために、私と優斗くんのハッピーエンドを書いたんじゃないかなぁ。山下さんも現実を小説に引っ張って欲しくて。そう思わない?優斗くんも感じていたんじゃないの?山下さんの気持ちとか」

「小説はあくまで小説だよ、フィクション」

「別に、大丈夫よ、いいの、もし山下さんが優斗くんを好きでも。いまは、こうして私と一緒にいてくれてるんだから。だからね、山下さんの為って訳じゃないけど、この小説の通りに歩いて行くことが三人にとって一番良いのかなって」

「三人にとって?」

「そう、三人。優斗くんと私と山下さん」

「二人でこれからどの道を選んで行くかを考えるんじゃないの?」

「それは、そうだけど。私達二人だけで完結している世界に生きている訳ではないでしょ?山下さんやこの小説のことを全くなかったことにして、これからのことを考えるのは無理。だから三人」

「三人かぁ」

「ねぇ、この後、小説だとどうなってたっけ?餃子の後、優斗くんのうちに行くんだよね、私」

「確か、餃子を作って食べた何日か後に未樹はアパートを出て、ここに転がり込んでくる」

「そっか、じゃあ、そこからやり直しね、いい?」と未樹は言って、食べかけのサンドイッチを齧った。優斗は、冷めかけたコーヒーをすすり、未樹はこの先、本当に山下さんの描く二年間をなぞるつもりなのだろうかと、再度問い正してみたかったのだけれど、口から出た言葉は、

「このコーヒー豆、いつもとは違うんだけどわかった?」という、どうってことのない、いつもの会話だった。

「全然わかんないけど」

「そうか」

「で、確か買い物に行ってたよね?商店街に、小説の二人は。これから行こっ」

「うん、小説では枕とか買ってた」

「私は枕は要らないけどね」

 駅前の商店街まで、二人で暮らすために必要なものを買いに行く。日用雑貨とか生活用品は一人と二人とでは、単純に物が倍になるのだと、そんな当たり前の事に改めて気づき、同時に枕にこだわるのは未樹ではなく、山下さんだったことを優斗は思い出していた。



終わり。


by ikanika | 2020-04-17 21:00 | Comments(0)


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