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「森の十字路」(13)




「じゃあ、私はこれからもずっと優斗くんと手を繋いでいていいの?もしかしたら本当に手をひいてもらわないとどこにも進めなくなることもあるかもしれないよ」

「大丈夫。よくわかってる、それは」

「よかった。私ね、やっぱり帰ってきてから優斗くんとの距離が今までとは変わってしまったって思っていたの。当然よね、一年離れていたから。それに働き始めて生活のリズムも変わったし、私の知らないところにどんどんいってしまっているなぁ、って。山下さんにも言われたの、ぼやぼやしてたら誰かに取られちゃうよ、って。でも、そうならないためになにをしたらいいのかなんてわからなかった。学生の頃みたいに泊まりに来ても、優斗くんは仕事があるから迷惑かなって考えてしまうし、土日もせっかくの休みだからゆっくりしたいかなぁ、とか。どうやったら近くにいることが出来るのかわからなくなってて。昨日、連絡をもらって嬉しかったけど、話したいことがある、っていうのはもしかしたら嫌な話かなぁ、って想像もしたりして、だから一生懸命、元気を振り絞ってお買い物して料理しようって決めて。そうでもしないと、ここまで来ることも出来ない感じだったの。二年間、こっちにいるっていう話も優斗くんが喜んでくれるかなぁ、って不安だった。料理教室になんか通い始めて、笑われないかなぁって、もう全部が心配だらけ。せっかく優斗くんが繋いでくれた手を離さないようにしないとね」

「僕も同じだよ、いま手を離したら僕も森に迷い込んだまま出られなくなくなりそうだから」

話をしながら作った餃子は、たくさん作り過ぎてしまって、その日は焼いて、翌日は鍋に入れて食べて、それでも残ったので未樹が冷凍庫に入れていった。食材もまだまだあるようなので、火曜日にまた来て料理をすると言って日曜日の夜に未樹は、一度帰っていった。駅まで送った帰り道に、とりあえず、山下さんと赤坂さんにメールを入れた。事務的に一言だけを。



おかげさまで、ハッピーエンドです。詳しくは、また。



 二人からは、おめでとう、というような祝福の返信ではなく、ご苦労様、お疲れ様、と言った労をねぎらう内容のメールが帰ってきた。二人にとっては今後の仕事の成り行きを左右する事柄だから当然かと思いつつも、なんだが釈然としなかった。月曜日、お昼にいつものカフェで、山下さんと待ち合わせをして、土日の出来事を話した。山下さんは、取材をする記者のように事細かくメモを取っていた。

「よかったわね、未樹さん」

と他人事のように山下さんは言って、少し考えてから

「でも、続きがあるわね」

と優斗の目を覗き込んだ。

「続き?ここまでにしましょうよ、まさか二年後なんていうんじゃないでしょうねぇ?」

「ここまで書いたら、読者は二年後が気になるわ、絶対。どうする?」

「どうもこうも、もう締め切りですよ、週末で」

「そうよね。どうしようかなぁ」

「何考えてるんですか?」

「ちょっと待って、整理するから」

と山下さんはペンをくるくる回しながらずいぶん長いこと考えてから

「こうしようっ」

と声をあげた。

「あのね、一案は、ここまでの話をとりあえず書いて赤坂さんに見せるわ。それで、これだったら二年後まで見届けて仕上げましょう、って彼女が言ったら引き続きこの先の二年間を書くわ。長編になるけど。だから夏に発売の本には掲載ナシね。もう一案は、どうしても未発表の書き下ろしが必要だと拘ったら、この先の二年間のことは私が全て考えて書くわ。ここからは本当に私の創作。現実の二人がモデルではなく。どっちかね。いずれにしても、二年後まで書くわ。決めた」

「決めたって、そんな話…」

「大丈夫よ、二人は、きっと。とにかく時間がないから帰って原稿書くわ。赤坂さんにも連絡しないとね。優斗くんからも概要をサラッと伝えておいてくれる?その方が話が早そうだから」

と山下さんは、急いで帰っていった。


 会社に戻り、山下さんとのやり取りの概要を赤坂さんに伝えた。彼女としては、やはりどうしても未発表の書き下ろしが必要だという点は譲れないようで、社長とも話し合った結果、二年後までを山下さんの創作で書いてもらうことで話がまとまったようだった。山下さんが自分と未樹の二年後をどういうことにするつもりなのか、気になって仕方がなかったけれども、ただ原稿が上がってくるのを待つ他は無かった。

 その週、未樹は火曜日に来て残りの食材をやりくりして、木曜日までのごはんをつくり、金曜日の朝に授業あるからと、一緒にアパートを出た。

「あの材料で三日もごはん作れるんだね?」

「そうなの、びっくりよね、あれね、先生にアイデアをもらったの。何ができますかって」

「なるほど、さすがだね、先生」

「料理上手は、やりくり上手」

「なにそれ?」

「先生がいつも言ってる、わざわざ買い物に行かなくてもあるもので美味しいものが作れるようになると、本当に料理がすきになるって」

「未樹もその域までやるつもり?」

「やるわ、はじめたからには」

「頼もしい」

「優斗くんは、味見担当」

「光栄です」


 未樹と駅で別れて会社に向かった。その日の夕方に山下さんから優斗と赤坂さんに同時にメールで原稿が届いた。赤坂さんは、入稿まで時間がないから修正とか細かいことは任せてね、と優斗に内容に関してはなにも言わないで欲しいという意志を示した。優斗はすぐに二年後の結末を知りたかったけれども、会社で読む気にはなれず、原稿データを自分のタブレットに移し会社を出た。家についてからも読む気にはなれなかった。読んでしまうとそのストーリーに自分が引きずられてしまうような気がしていた。山下さんは、『二人は大丈夫』と言っていたけれども現実にその人生を生きていくのは自分と未樹の二人であって、他の誰かが描いた道をなぞっていくわけには行かない。山下さんが描く自分と未樹の未来は創作であって現実ではないのだとわかっていても、なにかの影響をうけてしまうことは間違いないように思えた。たとえ、それがハッピーエンドだとしても自分の人生は自分で選んで進みたいと思った。このまま読まずにこの先の二年間を過ごすことは不可能だとしても、原稿の状態で読むのはやめようかと思った。本になって発売してしまえば、もうそれは世の中には小説として受け取られ、同時に自分たちとは関係のない物語になるとも考えられる。そうなってから読んでもいいのではないかと優斗は思った。ひとまずその夜は読まずにベッドに潜り込んだ。真夜中にメールの着信音が鳴る。サイレントにするのを忘れたようだった。時刻は、深夜三時過ぎ。部屋が暗闇だとスマホの画面の灯りが眩しすぎて目が慣れるまで文字を読むこともできない。目を細めて見ると未樹からだった。タイトルに、おはよう。とある。優斗が朝起きて読むことを想定して書いたようだった。布団に潜ったまま本文を開く。




この前の話、

やっぱりもう一度考えた方がいいよ

結論を急ぎすぎてる感じがします

何か急ぐ理由が本当はあるの?

話してくれていないことがある気がします

もう一度、会って話そう

連絡ください


未樹




つづく。


by ikanika | 2020-04-16 09:42 | Comments(0)


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