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「森の十字路」(12)



 未樹との今後を山下さんの小説のエンディングの為というか会社の都合で早々に決めなくてはならないというのは、おかしな話だと最初は思ったのだが、一方でこういう事でもない限り、二人の間ではいつまでも結論が出ることがなく、いろんなことがうやむやなまま時間だけが過ぎていくことになるのだろうとも思えた。読者や会社が望むエンディングになるのかはともかく、とりあえず未樹に会ってお互いにいま思っていることをさらけ出すにはいいタイミングだと思い、未樹に連絡をした。話をしたいから会えないかとメールをしたら未樹からも、ちょうど話さなくちゃいけないことがあると言って

「週末は、またエプロンして料理をしに行く!」と返事が来た。どういうテンションでやってくるのか少し不安ではあったけれども、メールの印象ではあまり深刻な話ではないのだろうと思えた。翌日、土曜日の午後三時過ぎに買い物を済ませて未樹がやってきた。

「重い、ちょっと買いすぎたかも」

と両手にスーパーの袋を持って現れた未樹は、髪を今まで見た中で一番短く切っていた。

「あれ、髪切った?」

「うん、バッサリ、どう?」

「新鮮。いい感じ」

と優斗は思ったままを素直に口にした。

「珍しく素直な意見ね、ありがとう」

と未樹はいつになく機嫌が良さそうで、進路を思い悩んでいる風には思えない明るさがあった。

「一緒にね、餃子作ろうかと思って。好き?餃子?」

「好きだよ、かなり」

「良かった。皮から作るから」

「皮から?」

「そう。その方が美味しいの。この前、習ってきたばっかりだから」

「誰に?」

「教室。ちゃんとした料理家の先生」

「料理教室通ってるの?」

「うん、行き始めたばっかりだけど」

「なんでまた?」

「花嫁修行よ」

と言うと、この前と同じエプロンを着けて台所に立ち、買って来た材料を広げ始めた。

「明日の分もあるから、冷蔵庫に入れるよ」

と野菜やら肉やらを手際よく整理して冷蔵庫に納めた。

「今日使うのはこの辺。そっちのテーブルで皮作り」

とシンク脇のスペースとダイニングテーブルとに材料を分ける。

「皮作ったことある?ないか、普通」

「ないない。皮なんて作れるの?買うもんかとずっと思ってた」

「作れる。粉と水があれば。あとセンス」

「センス?」

「大きさとか薄さとかね」

「難しそう」

「とにかくやってみよっ」と二人での皮作りが始まった。

小学生の頃にやった粘土細工のようだと思いながら優斗は手を動かしていた。目の前の未樹はさすがに習って来ただけあって手際よく生地が完成している。

「これを、こうやって丸く伸ばして。ほら、出来た、皮」

と見本を優斗に見せる。本当に皮が出来上がっていた。

「さぁっ、やってみて」

と言われて未樹のを見本にやってみたけれど、円にはならずにさらに厚さも均等ではなく穴が空きそうな箇所まであって使えそうな代物にはならなかった。

「それは優斗くん責任持って食べて」

「食べれるの?これ?」

「材料は一緒だから大丈夫。ちょっと固かったりはあるかもだけど」

「美味しいやつ食べたい」

「だったら練習ね」

「厳しい」

「大丈夫よ、普通三つ目くらいで上手く出来るようになるから」

と言う未樹の言葉通り、三つ目はそれなりの形と厚さに出来た。

「ほんとだ、出来た」

「まだ中身もこれから作るんだから、急いでね。いつまでたっても食べれないよ」

「大変だなぁ、餃子食べるのは。店に行ったらすぐに焼きあがって出てくるのに」

「裏ではみんなこうやってがんばってつくってるんだよ、きっと」

「そう思うと、今度からちゃんと味わって食べないとだな。とりあえず餃子、とか言ってる場合じゃないね」

「そう、失礼よ」

「確かに」

二人で手を動かしながら、とりとめのない会話が延々と続きそうだった。こんな風に未樹と話すのも久しぶりのような気がした。ここ最近は、お互いすぐに黙り込んで考えてしまう話題ばかりだったように思う。しかし本当は今日もまたそういう話題を持ち出さないといけないのだった。そこに先に話題を振ったのは未樹で

「それで、話って?」と明るいトーンで言った。

「うん、未樹もあるんでしょ?話?」

「うん、どっちが先かジャンケン」

「ジャンケンで決めるの?」

「じゃあ、どうする?」

「そうね、じゃあ、ジャンケン」

未樹が勝った。

「未樹が決めていいよ、どっちが先か」

「どうしようかなぁ、なんか優斗くん、話づらそうだったから、私が先に話すね。その方が楽でしょ」

「まぁ、ね」

「私の話はね、簡単に言うと執行猶予みたいなこと」

「執行猶予?」

「うん、実はね、もう九月からまたアメリカに行くように準備を始めていたの。優斗くんにもその話をしなくちゃって、先週のはじめくらいに連絡しようとしていたんだけど」

「うん」

「でもね、急に話がバタバタって変わって、結論から言うと、二年間は行かないことになったの」

「こっちにいるって言うこと?」

「そう日本にいるわ」

「なんで?」

「アメリカでね、教わろうと思っていた先生がいたんだけど、その先生がね、来期は授業を持たないことになってしまって、それだと行っても仕方ないでしょ。そしたらね、その先生、逆に日本に来るんだっていうことがわかって」

「なんで?」

「先生の娘さんがね、日本に来てね、和菓子職人の修行を始めるんだって」

「和菓子職人?」

「そう、それでね、心配だし、いい機会だから、二年間は大学を休んで自分も日本に住むっていうことにしたんだって。それで、うちの大学と姉妹校だからその話をうちの大学にしたら、二年間だけ客員教授で授業を持たないかっていう提案をしたみたいなの。私は大学にはその先生がいるから留学したいっていっていたからすぐに連絡が来て、ポール先生が日本で授業をもったら受けるかって?その先生、ポール先生って言うんだけど。最初は話がよくわからなかったんだけど事情を聞いたらそういう話で。だから、もちろん受けますって、ことになって。アメリカで受けたかった授業が日本で受けられるの。凄いでしょ?!」

と未樹は興奮気味にそこまで一気に話をした。

「よかった、なんか、そんなことってあるんだね」

「そうなの、信じられないけど本当よ」

「それで料理教室?」

「料理全然出来ないから、勉強ばっかりしてきて、それも良くないなって。絵里さんみたいに作れたら素敵じゃない?二年間日本にいることが確実になったからその間はずっと続けられるでしょ。習い事は続けないと身につかないからね」

「二年後は?」

「それは、わかんない。けど、何か見えてくるかなって、この二年で。だからあまり先のことは考えないようにしたの」

「なんか、変わったね」

「そうかも。私、すぐに先々のこと考えて、思い悩んで、それが嫌だったの自分でも」

「うん」

「でもね、この二年間はやっぱり執行猶予期間よ。自分で選択する必要がない環境が向こうからやってきただけ。自分ではなにも決めてないのと一緒。優斗くんとも離れないで済んだってホッとしてるだけ。だから」

「だからなに?」

「優斗くん、決めて」

「何を?」

「私の手をひいていってくれるのか、手を離すのか」

「いま?」

「この二年間のうちに」

「私はずっと手をひいていって欲しいと思ってるけど、優斗くんにも優斗くんの道があるし」

優斗は、餃子の皮を作って白くなった指先を見つめて自分の話をどう切りだそうかと考えて黙っていた。いまから自分が話そうとしていることはあまりにも自分の意思がないように思う。自分と未樹とのことを会社の話にすり替えて優斗自身で決断することにサジを投げた格好だと。そんな話を目の前の未樹にしてはいけないと思えた。では、どうするか。

「ねぇ、なんか言ってよ」

「あぁ、うん」

「聞いてた?」

「聞いてるよ」

「優斗くんの話はなんだったの?」

「同じ、僕らのことだよ」

「私たちの?」

「そう。このままじゃ、いけないと思って、話がしたかった」

「このまま?」

「未樹が帰国したら何か前に進むと勝手に考えてた。でも、物事が勝手に進むなんていうことはあるはずがなくて。僕は未樹にどうして欲しいのか、僕がどうしたいのか、はっきりしなくちゃいけないと思ってる。君は僕に手をひいていって欲しいと言う。それは嬉しいよ、とても。それが僕に出来るってことだと自信があれば、すぐにそうしたい。でも、まだ出来そうもないと思っていた。自分自身が森に迷い込んでいるのに他人の手をひいていくなんてありえない。まずは自分が迷子じゃなくなることが先だとずっと考えていた。でも、そうじゃなくて、手を繋いで一緒に迷路から抜け出す方法もあるんじゃないかとも最近思えてきた。それは、君が僕に手をひいていってほしい、と言う意味とは違うかもしれないけど」

未樹は餃子の皮をゆっくり丁寧に作りながら黙って聞いている。優斗はこんな風に自分の話ができるなんて思いもよらなかったので、話をしながら自分自身を俯瞰しているような感覚でいた。

「それで、今日の未樹の話だけど、聞きながら思ったことは、執行猶予だからといって二年間も考える必要があるんだろうかと。今、どうしたいかでいいんじゃないかって思う。僕がいま選ぶ道は、君と手を繋いで歩いていきたい、ということ。手をひいてと言うと、ちょっと偉そうだから繋いでと言わせてもらうけど。二年後のことはその時になったら考えればいいと思う。お互いになにがどう変わっているかをいまから想像しても無理なことだから。これからの二年間をこの先のことを考える期間じゃなくて手を繋いで歩いていく期間にしたほうがいいと思ってる」

未樹は、小さな声で

「ありがとう」

と言ってまだ黙っている。

「正直、こうやって話始めるまで、今日はどう話をしようかと迷っていて、結論をきちんと用意していたわけじゃないんだ。未樹を目の前にしてきちんとなにか結論めいたことを話せるなんて想像できていなかったから。でも、自分でもよくわからないけど、話せた。思っていたことをね」

「ありがとう、でも、いいの?別に急ぐ理由はないのに」

「別に急いだわけじゃない。いまがそのタイミングだったんだよ、きっと」

と言いながら、優斗は会社と山下さんの小説の都合に背中を押されたということを言うべきか黙っているべきかをまだ決めかねていた。



つづく。




by ikanika | 2020-04-15 10:21 | Comments(0)


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