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「森の十字路」⑺


 未樹の帰国当日は、冬晴れの気持ちのいい青空が広がり、絶好のドライブ日和だった。優斗は、アルファロメオの助手席に座り、ハンドルを握り、シフトチェンジをする山下さんの手元にチラチラと視線を送りながら、成田までの高速ドライブを楽しんだ。空港が近づくと、見送りに来た時、遠距離になることに釈然としない思いを抱いて送り出したことを鮮明に思い出す。いざ離れてみると月日は淀みなく流れ、お互いそれぞれの時間を過ごした結果、こうして、出国時には想像もしていなかった状況で帰国を迎えることになったのだった。たかだか一年であったけれども、未樹を見送った自分と、いまこうして迎えに来ている自分が別人のような感覚でもある。それは、隣でハンドルを握る山下さんと妹の絵里さんに出会ったことが大きく影響していることは間違いなかった。未樹は、その優斗の変化に何か気づくだろうか?あるには、同じように未樹にも変化が生じていたとしたら、自分はそれに気づくことができるだろうかと、久しぶりの再会に想像だけが広がる。サイトで確認する限りは、未樹の乗った飛行機は、ほぼ定刻通りに到着するようだったので、駐車場に車を停め、到着ロビーで待つことにした。

「どんな気分?」

と山下さんが尋ねる。

「照れ臭い、というか、一年も経ったなんて感じがしていないんで、どう迎えていいか、わかりません」

「そんなもの?」

「はい。ただ買い物から帰ってきて、お帰り、って言う感じと同じになりそうです」

「わたしは、飛びついちゃうかも。父の絵を持って帰ってきてくれるんだもの」

「そうして下さい、喜ぶと思います」

「あっ、来たかも」

「どれ?」

「あの赤いスーツケースの」

「未樹さんー!」

と、山下さんが大きく手を振っている横で優斗は、軽く右手を挙げてみた。優斗に気づいた未樹は、少し照れたように手を振る。同時に、大きく手を振る山下さんに不思議そうに視線を移してから、また優斗を見る。優斗の表情から、その女性が山下さんだと理解し、未樹も大きく手を振った。山下さんは、優斗より先に未樹に駆け寄り

「お帰りなさい、はじめまして、山下です」

と手を差し出した。優斗も

「お帰り」と言い

「山下さん、ね」と、紹介をした。


 未樹は、東京の部屋は留学に際して引き払っていて、当分の間、都立大学駅の姉のマンションに居候をすることになっていたので、三人でそのマンションまでアルファロメオで向かうことになった。

「カッコいい、なんていう車でしたっけ?」

と未樹は嬉しそうに尋ねる。そんなに車に興味があっただろうかと優斗は思う。

「アルファロメオ。イタリア車ね。主人のよ」

「イタリアらしい赤ですね」と未樹。

「そう、アルファロメオは絶対赤よ」

と山下さんも嬉しそうだ。

「未樹、助手席乗る?」と優斗が尋ねると、

「二人で後ろに仲良く乗れば?」と山下さんが答える。

未樹は、優斗の顔を覗き込み、反応を伺う。

「助手席の方が、スピード感あって楽しいから乗りなよ」

と優斗が答えると

「やったぁ」と未樹は無邪気に喜んだ。

 運転席に山下さん、助手席に未樹、という状況を後部座席から眺めるのは、なんとも言えず胸のあたりがざわつく感じだった。行きの車内からずっと、山下さんは出たばかりだというU2CDをかけていて、高速に乗るとヴォリュームをさらに上げ、二人の会話は優斗には聞こえなくなった。二人がずっとおしゃべりしていることは、動きや仕草でわかるのだけれど、会話の内容は断片さえも聞き取れなかった。時々大きな声で笑っていたので、この短期間で随分と打ち解けて仲良くなった様子だった。途中、サービスエリアで止まり、飲み物やお菓子を買いに出た。未樹と並んで売店まで歩きながら、優斗は一年ぶりに再会した二人だという実感が未だに湧かず、以前の二人のまま何も変わらないと感じていた。

「山下さんと何話してたの?」

「いろいろ。絵のこととか、優斗くんのことも」

「後ろだと何も聞こえないんだよ」

「そう、よかった」

「なんで?」

「なんでも。女同士の話だから」

「なんだか、ずいぶん仲良しだね」

「うん、私、山下さん、好きよ、ああいう感じの大人の女性になりたい」

「そんなに?」

「優斗くんも、山下さん、好きでしょ?」

「好き?」

「へんな意味じゃなくて、好きだから仲良くなったんでしょう?」

「まぁね」

「じゃなきゃ、こんな風に一緒にお迎えに来たりしないじゃん。妹さんの絵里さんも、似てる感じなの?」

「そうだね、似てると言えば似てる、サクサク物事を決めるとことか」

「ふう~ん」

「あと」と言いかけて優斗はやめた。

「あと何?」

「いや、あとは、爪の形」

「爪?」

「そう、向かい合って仕事してると、手元を見ることが多くて、それで気づいたんだ、爪の形が一緒だって」

「そうなの、お父さんの遺伝、ってこと?」

「そう言ってた」


 車に戻ると、山下さんは誰かに電話をして切ったところだった。

「絵里から。無事に会えた?って。いつ絵が見れるかって、急かされたわ」

「今日持って帰りますか?」と未樹が山下さんに尋ねる。

「いや、絵里と一緒に見たいから、面倒だけどそれまで持っていてくれる、未樹さん」

「はい、私はいいですけど」

「だから、近いうちに四人で会いましょう。ね」

「はい」

「たぶん、集まるのは絵里のウチがいいわ、広いし。大倉山だから未樹さんも電車一本で来やすいしね」

「はい、ぜひ」

ということで、絵里さんの家で四人が集まることになった。優斗の会社が始まってすぐの日曜日が候補に上がって、みんなの予定を調整することになった。山下姉妹は、念のためそれぞれのご主人の予定を再確認し、再度連絡を取り合うことになった。

 都立大学駅のマンションの前まで未樹を送り、さすがに長旅で疲れているだろうから、その日はそこで別れた。「またね」と言ってマンションのエントランスに入っていく未樹は、留学前に彼女の全身を覆っていた今にも破けてしまいそうな危うげな薄い膜のようなものが取り払われ、わかりやすく言うと、優斗には逞しく感じた。その分、優斗は安易に近寄ることをためらってしまう気にもなっていた。家まで送ってくれると言う山下さんの言葉に甘えて、またアルファロメオの助手席に乗り込んだ。

「どうだった?久しぶりの彼女は?」

「なんか、逞しくなってました」

「そう?守ってあげたくなる感じが私はしたけど」

「前はもっと、そんな感じ」

「もっと?」

「はい、なんかすぐに破けてしまいそうな膜のようなものに包まれている感じで」

「膜?」

「でも、今日はその膜が取り払われてました」

「いいことじゃない」

「でも、なんだか、ちょっと」

「ちょっと、なに?」

「よくわかりませんけど、距離感が変わったと言うか」

「それは、一年ぶりだからね。優斗くんの歳の一年は大きいわよ」

「いま、優斗って呼びましたよ」

「だって、もう先生じゃないでしょ」

「はい、ちょっと新鮮です」

「柏田先生のがいい?」

「いえ、優斗で」

「わかったわ、優斗くん」

「やっぱり新鮮です」

「変なの」


未樹からメールが届く。




優斗くん

昨日は、お迎えありがとう。

久しぶりすぎて照れ臭かった。

山下さんがいてくれて、ちょうどよかったかも、って思いました。

二人きりだと、何から話したらいいか、変な感じになっちゃいそうだったから。

明日、学校に行くんだけど、一緒に行かない?

ちょっと書類を提出するだけですぐ終わるから、

その後、ご飯でも。


未樹



何時にどこにする?



じゃあ、正門に十一時半で、いい?



了解、では、明日。



楽しみ、久しぶりの学校。




 待ち合わせ時間に正門の前で待っていると、未樹は校舎の方から現れた。

「もう、提出してきたから、書類」

「先に来てたんだ」

「うん、窓口は十一時からだから」

「どこ行く?久しぶりに食べたいものとかある?」

「トンカツ」

「トンカツ?」

「そう、田園調布の」

「アメリカには、トンカツは無いか」

「無いの。寿司とか蕎麦とか、いわゆるあっちの人がわかりやすい日本食レストランはあるんだけど、トンカツとか日本の洋食みたいのはあんまりないの」

「なるほど、そんなもんか」

「じゃあ、行くか、田園調布」

「行こっ」

 電車を乗り継いで田園調布に着くと、まだランチタイムだったけれど、一時近くだったので、ちょうど空いたテーブル席に案内された。ランチのヒレとロースを頼んで待つ間、未樹は緑茶を美味しそうに飲んでいた。

「もう、今度の月曜日から会社でしょ?」

「そう、実感ない」

「どこ?場所は?」

「恵比寿、だけど代官山寄り」

「代官山から歩くの?」

「そうだね、わざわざ一駅乗り換えるのも面倒だし」

「楽しいといいね」

「うん」

「未樹はどんな感じ、これから?」

と尋ねるとヒレとロースが同時にやってきて、会話が途切れる。トンカツにソース、キャベツに醤油というのが、この店の決まりで、そこまで二人して手早く準備をして、

「いただきます!」とカウンターの中のご主人に聞こえるように声を揃えた。それも、一年前までの二人の決まり事だった。何口か無言で食べてから

「美味しい、で、これから?だよね」

と未樹が会話の続きを拾う。

「まだ、はっきり決めてない。向こうである程度のことは考えて来たけど、帰ってきたらまた気持ちが変わるかもしれなかったから。しばらく日本でいろんな人の話とか聞いてから決めようかなって」

「そう」

「優斗くんとも」

「僕のことは、そんなに」

「なんで?」

「こっちも働き始めてみないと何がどうなのか全然わからないし、未樹にどうして欲しいとかは、何も言えないから」

「でも」

「でも、なに?」

「それもわかるけど、何か言って欲しい」

「何か?」

「そう、何か。でないと、道が見えない」

「そんなことないと思うよ。未樹は十分見えているはずだよ、きっと。それを認めてないだけで。僕なんかよりずっと見えていたんじゃないかな」

「それはないわ」

「見えていたから留学したんじゃないかな。そう思うよ」

未樹は、黙って食べ続ける。

「見えていたとか見えてないとかは、わからないんだけど、このまま卒業しても自分の居場所がないように思っていたのは確かよ。だから、出てみたの」

「森の外にね」

「森?」

「そう森。僕はずっと森に迷い込んでいる気分なんだ。いまこうして道を選んだところでその大きな森からは出ていない。ただ脇道や迂回路をフラフラしているだけだよ。でも未樹はその森を外から見ている。安易に森の中へは足を踏み入れていない。その選択が羨ましい。僕はもう既に森の中のずいぶん奥に入り込んでしまった。容易には出られないところまで」

「そんな風に考えてるの?」

「そう」

「いつから?」

「いつだろう。未樹が日本にいなくなってからかな」

「その森の先には何があるの?」

「わからない。今の時点では、何もないように思える。ただ道があるだけ。どこかに繋がっているとは思えない。でも道がある限り選択を迫られる。選ぶことでなんとなく進んでいるように思えるけれどね」

「私の前には、今のところ道がないわ。ただ白い地平線が三百六十度広がっているだけ。誰かに方向を定めてもらわないと、どこに向かっていいのか分からない感じよ。目印になってくれる太陽さえもないわ。広くて明るいけど、なんだか怖いの」

「そうか」

としか優斗は言葉が見つからず、残りのトンカツを頬張った。

「この前、山下さんがね、どうしたら良いとかわかってる人なんていない、って。どうしたら良い、じゃなくて、どうしたいか、って思う方が楽しいよ、って」

「そんな話してたの?」

「うん、これからどうしたら良いかなって、ってボソって言ったら、キッパリそう返されたの」

「らしいね」

「うん、今度四人であったら、どんな話が出来るのか、ちょっと楽しみになったの、それで」

「あの姉妹は、パキパキ物事決めそうだから」

「優斗くんが迷い込んでる森からも救出してくれるかもね」

「どうかね、だといい」

「私の進むべき方向も示してくれるかなぁ」

「キッパリ示すんじゃない、きっと」

「楽しみね」

「うん」



つづく。

by ikanika | 2020-04-10 14:42 | Comments(0)


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