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「森の十字路」⑹



優斗くん


こんばんは。まもなく今年も終わりですね。年越しは何をして過ごす予定ですか?私は、大学のキャンパスでカウントダウンのイベントがあるようなので、クラスの何人かで行ってみようと思います。年が開けるとあっという間に春が来て、帰国することになるんだろうなぁ、と思っています。優斗くんに会える楽しみもあるけれども、先々のいろんなことを決めないといけないと思うと、ちょっとまたナーバスになります。私は、どうしても選択していくということを億劫に感じてしまう性格みたい。楽しいこともあるはずなのにね。もっと前向きにサクサクと道を選べる人になりたいです。

話は変わるけど、友絵さんと絵里さんの姉妹はお元気ですか?お二人はいまどんな感じなのかなぁ?私の知っている友絵さんと絵里さんは、絵の中の少女です、とても可愛らしい。もし、今のお二人の写真とかあったら送ってくれますか?あの少女たちがどんな風に成長したのか気になります。優斗くん、写真とかもってますか?


では、また

おやすみなさい

未樹




「なんで寄ってくれなかったの?家の前まで来たんでしょ?」

と絵里さんが優斗を見つけるなり声を掛けてきた。

「もう、かなり遅い時間だったし」

「夜食とかも用意してたのに」

「そうだったんですね、すいません。山下さん、家に着く直前に急に絵里さんが来てるから、って言うから」

「急だと困るの?」

「困ると言うか、ね。心構えというか」

「なんだか大袈裟ね」

と絵里さんは笑った。いちいち妄想しているのは優斗だけで、山下さんも絵里さんも優斗のことは気安い歳下の男友達というくらいにしか考えていないのかもしれないのだけれど、二人を目の前にして、優斗はそう冷静でもいられない。しかし、二人には優斗がまだ会ったこともないご主人がいるのだ。誘われるまま家に上がるにはリスクが高すぎる。それくらいの慎重さは、まだ持ち合わせていた。話題を変えるつもりで、未樹が見た良嗣さんの絵の話を絵里さんに報告した。

「アメリカの彼女なんですけど、近くによく行くギャラリーがあって、そこに良嗣さんの絵があったそうで、タイトルに絵里さんと友絵さんの名前がついていたから、もしかして、って、思ったみたいです。すごい偶然ですよね」

「なんと、すごいね、それ。どんな絵なんだろう。見てみたい。でも、それって、彼女に私たち二人のことを話してるってことよね?」

「はい」

「なんて話してるの?彼女に?」

「なんて、って、お父さんが画家だから、名前に絵がつくとか、そういうことです」

「それだけ?ほんとに?もっと、報告しなきゃいけないことない?」

「例えば?」

「例えば、そうね、私との不倫疑惑のこととか」

「それは冗談でも無理です、たぶん」

「そうね、彼女にとっては、あんまり感心しないお遊びかもね。黙ってて正解、きっと。秘密や嘘も、場合によっては必要よ」

「なんか説得力あります」

「今度さ、彼女に私たちの絵を写真とかで送ってもらえないかな?ギャラリーとかだと怒られちゃうかな?」

「普通は撮影とかダメですよね、でも事情を話せば大丈夫な気もしますよね、実の娘だし、描かれてる本人だし」

「そうよね、ちょっと訊いてみてくれない?」

「わかりました。代わりにではないんですけど、彼女がお二人の今の姿を見たいって言うんですけど、絵の中の少女がいまどんなかって、知りたいって」

「え~、先に絵を見てからじゃない?こんな感じになってしまってがっかりとか思われたら残念だし」

「こんな感じって、全然大丈夫、というかいいですよ、お二人とも」

「なにそれ」

「なんというか、お綺麗ですから」

「もうちょっと、気の利いたこと言えないかなぁ」

「すいません」

「お姉さんと私、どっちがタイプ?」

「あのぉ、一応彼女いるんで」

「別に、どうこうしようってことじゃないから、いいじゃないそれくらい」

「どっちもです」

「どっちか」

「無理です」

「ほら、真面目。怒んないから、お姉さんでも」

「じゃあ、山下さん」

「ムカつく」

「えっ、だって」

「嘘よ、ところで彼女、春に帰ってきたらさぁ」

「はい」

「みんなで会おうよ、ね」

「はい」と優斗の声が小さくなる。

「やだ?まずい?」

「いえ、大丈夫です」

「よし、約束」

「はい」

「でも、まずは、絵ね、ほんとに訊いてみてね、お願いよ。たぶん、お姉さんも見たことないと思うの、私たちが描かれた絵は」

「絵里さんも?」

「ないわ」

「そうなんですか、わかりました、訊いて連絡します」

その夜、未樹に返事を書こうとしていたら、山下さんからメールが届いた。




こんばんは

絵里から父の絵のことを聞きました。なんという偶然でしょうね。絵里が絵を見たいから写真を、ってお願いしたみたいですが、もう彼女に連絡してしまいましたか?私は、写真とかではなく、その絵を買いたいです。そもそも販売しているものなのかもわかりませんが、もし買えるものならそうしたいと思っています。彼女に、その二枚の絵を買うことができるのか、もし買えるとしたら、幾らなのかをきいてもらってもいいですか?お手数お掛けしますが、よろしくお願いします。


追伸

この前、手袋したままだったでしょ?

自転車乗る時、寒いから、今度忘れずに返してね。明日かな?


山下




山下さん

こんばんは。

ちょうど彼女にメールしようと思っていたところでした。

まだ送ってなかったので、買取の件、訊いてみます。

あと、手袋、ごめんなさい。

明日、必ず持っていきます。


優斗





未樹へ

こんばんは。冬本番で寒いです。いままで手袋をするのがあまり好きではなかったのだけど、今年はその暖かさに今更気づいて、手袋をしています。

さて、山下姉妹の写真の件ですが、妹さんの絵里さんに話したところ、先に絵の中の自分がどんな風に描かれているのかが知りたいと言われました。こんな風な大人になったんだってがっかりされると残念だから、とか言ってました。それで、最初は未樹に絵の写真を撮って送ってくれないかという話だったんだけど、お姉さんの友絵さんから、写真とかではなく、その絵を買いたいと言われました。二枚ともです。その絵は、売っているもの?

もし、売っていたら値段も知りたいとのことです。よろしくです。

優斗




優斗くん

取り急ぎ、用件のみ、

ギャラリーはホリデーシーズンでもう閉まっているので、お値段とかの件は、年明けに確認しますね。お二人の手元に渡るといいね。


未樹




 年が明けると、受験生は本番を目前に控えて、やる気満々の生徒と、ややあきらめ顔の生徒とに二分される。志望校は自分で選択できるとは言え、模試での結果を踏まえてのことなので、多くの生徒は、その時点で既に選択の自由は奪われているからだ。限られた自由の中で自らが志望校を選択したとしても、その先はテストの点数と面接の印象とで、選別されるという現実が待っている。選択と選別が繰り返される社会へ否応が無しに入っていくことになる。それが先の見通せない深い森の入り口であることを誰も教えようとはしない。あたかもそこにしか入り口がないというように誘導されて多くの生徒たちは森へ分け入って行く。本当は、森へなんか入らなくたっていい道もあるのではないかと、自らも何度かの選択と選別を繰り返してきて、優斗は、今そんな風に思うことが出来る。しかし、そう思って振り返ってみても、その道がどの時点で用意されていたのかは、未だにわからない。もし、今わかったとしても、もうずいぶんと森の奥深くに入り込んでしまっていて、戻ることは現実的ではないように思えた。未樹は、もしかしたらそんな森の存在を早くに感じていたのかもしれないと思えた。なんとかして森に迷い込まないように足掻いているのではないだろうかと。そんな風に考えると未樹の選んでいる道が羨ましく思える。手をひいて導いてもらうべきは自分で、迷い込んだこの森から未樹に連れ出して欲しいと思う。極平均的なサラリーマンの家庭の一人っ子として育った優斗にとっては、小さな出版社に就職することは、それなりに思い切った選択であった。父親は、大学を出て就職するようなところではないというような事を言い、母も父に同調して、もう少し考えてみて、という始末だった。それでも、その選択は、大きな森の中のあまりだれも通らない道を選んだという程度のもので、森の中に入り込んでいることには変わりがないのだと思えた。しかし未樹は、森の外にも世界があることに気づいていて、優斗がいる森を外から見て生きていく方法を選ぼうとしているのではないかと思えるのだった。一方で、山下さんと絵里さんは、優斗と同じ森の住人ではあるけれども、森の外にまた別の世界があるなんていうことは想像もしていないで、森の暮らしをそれなりに謳歌しているように見えた。優斗だけが、中途半端に森の外の世界のことを妄想し、自らが暮らす森で迷子になっているようだった。手を差し伸べてくれるのが、未樹だとしたら、森の外へ行けるのだろうけれど、山下さんと絵里さんが差し伸べる手を握り、今いる森での暮らしを謳歌することのほうが現実的だとも思えた。


 週一回の図書館でのバイトは、回数でいうともう数回で終わり、塾でのバイトも生徒たちの合格発表の報告を聞きにいく程度で授業や採点をすることはなくなってしまった。山下さんとも絵里さんとも会う機会が少なくなったけれど、何かとメールが来たり、電話が突然来たりと、繋がりは濃くなっていた。

 未樹に頼んでいた、山下良嗣の絵に関しては、年明け早々に、未樹から報告があり、結論から言うと、未樹が帰国時に、二枚とも持って帰ってくる、ということになった。ギャラリーでの話はこうだ。

 日系メキシコ人の若いオーナーは、ギャラリーを前のオーナーの急死により譲り受けて、まだ二年目だということ。所蔵している作品は全て前のオーナーが買い付けて来たもので、作品の詳細や価格は残されたリストに頼るしかないということ。山下良嗣の二枚の作品は、リストによるとNOT FOR SALEとあり、価格は記されていないので不明である、ということ。これを受けて、未樹は、日本に住む絵に描かれている山下良嗣の二人の娘が、どうしてもその絵を買いたいと思っているということを伝え、その先はどういう交渉をしたのかは、詳しくは言えないということなのだが、二枚を娘二人にプレゼントする、とオーナーに言わせることに成功したのだった。これには、山下姉妹はひどく感激して、一刻も早く未樹に会いたいと彼女の帰国を切望することとなったのだった。



 優斗は、難なく最後の二コマの単位を取得し、大学の卒業が決まり、同時に図書館と塾のバイトも三月の半ばで辞めることになった。図書館でのバイトの最終日は、お昼休みの時間を利用して、簡単な送別会を開いてくれた。ジュースとサンドイッチと駄菓子が休憩室に用意され、フロアの主婦たち全員が顔を揃えた。当然、絵里さんも参加していたのだけれど、小柄な身体を他のスタッフに紛れ込ませて目立たないように隠れて立っていた。一時期の交際関係が冗談でも話題に上ることがないようにと、優斗は早々に送別会が終わるのを願った。会の最後に、チーフが締めの挨拶をするために、一歩前に出てみんなに呼びかけた。

「では、そろそろ時間なので、最後に私から。優斗くん、お疲れ様でした。若い男性の力があって色々と助かりました。ありがとう。もうすぐ四月から社会人ということで、様々な変化があると思いますが、新しい道を楽しんで歩んでください。では、花束を用意しているんで、私からというのも味気ないので、誰か女性のスタッフにお願いしようかな」

と、チーフは主婦スタッフを見渡した。もしかして、と嫌な予感がしたのだけれど、案の定

「大江さん、いいかな、花束お願いして」

と、絵里さんを呼んだ。休憩室での出来事を全く知らないチーフは

「水道事故の時は、ずっと一緒にやってくれたからね」

と言い、花束を絵里さんにあずけた。当然、主婦スタッフたちはざわつきはじめたのだけれど、絵里さんは、腹を決めたのか平然と優斗の前に立ち

「優斗くん、いろいろとありがとうございました。一緒に仕事が出来て楽しかったです。春からの社会人生活、頑張ってください。応援してます」

と、明るくさらりと言って、花束を優斗に渡して、右手を差し出した。優斗も、左手に花束を抱え、右手を差し出し握手を交わした。主婦たちはあっけにとられつつも、誰からともなく拍手が起こり、会は終了した。優斗は、握手した絵里さんの手の感触は、やはり、山下さんと同じだと思った。


 帰国まで一週間を切り、未樹から搭乗便と到着予定時間などの詳細を記したメールが届く。とりあえず、車を借りて迎えに行くと返信をして、レンタカー屋のサイトで料金などを調べてから、高畑塾に置いたままの荷物を引き取りがてらオーナーに挨拶をするために家を出た。 塾の前には山下さんの自転車が停まっていた。優斗はラッキーだと思い心が少し浮き上がる。控え室に入ると、山下さんが所在無げにポツリと一人で座っていた。

「あっ、柏田先生、どうしたの?」

「荷物を取りに、で、オーナーに挨拶も。山下さんは?採点ですか?」

「私も、挨拶」

「挨拶?」

「そう、辞めるの、私も」

「そうだったんですね」

「もうね、縮小するんだって、塾。オーナー達だけで出来る範囲で、受験勉強とかは無くして、いわゆる学習塾というか」

「全然知りませんでした。で?」

「ちょっと待ってて、って出てったきり戻ってこないの、奥さん」

「じゃあ、僕も一緒に待ちます」

「そうね」

しばらくして、奥さんがお盆にお椀を二つ乗せて戻ってきた。

「あら、優斗くん、来てたの」

「はい、さっき」

「じゃあ、これ二人でどうぞ」

とお椀にはお汁粉が入っていた。

「お餅を焦がしてしまってね、友絵ちゃん、お待たせしちゃって、ごめんなさいね」

「あっ、いえ、すいません。奥さんの分では?」と優斗は遠慮を口にした。

「私は、また後でいいわ、散々食べてるから、どうぞ、食べて。少し甘すぎるかもしれないけど、若い人には」

と言って、ニコニコしている。まるで田舎の祖母のうちにでも遊びに来たような気分になる。その後さらにお煎餅と緑茶まで頂いて、挨拶を済ませて、外に出た。

「柏田先生、この後用事あるの?」

「ちょっと、駅前のレンタカー屋さんに」

「レンタカー?」

「はい、未樹が来週帰ってくるんで、成田まで迎えに」

「車、貸そうか、ウチの?」

「あっ、いえ、でも」

「乗ってないから、主人。いつ?」

「水曜日です」

「大丈夫。木曜日までツアーだから」

「でも、なんか外車でしたよね、ぶつけたりしたらまずいんで」

「アルファロメオ、マニュアルの。運転出来る?」

「一応、免許はマニュアルで取ってますけど、しばらく運転してないんで、ちょっと」

「ちょっと怖いね」

「はい」

「じゃあさ、私が運転していくっていうのは?」

「山下さんが?」

「そう、絵のこともあるし、未樹さんに早く会いたいし」

「でも、わざわざ」

「私は平気、どうせ暇だから。未樹さん嫌がる?」

「それは大丈夫かな」

「久しぶりの再会に、人妻同伴でお迎えよ、大丈夫?」

「大丈夫ですよ、山下さんのことは話してありますから」

「じゃあ、そうしよっ、いい?」

「はい、一応、そうなったって未樹に連絡してみます」

「そうね、もし、微妙だったら教えて」

「わかりました」

ということで、山下さんの運転する赤のアルファロメオで成田まで未樹を迎えに行くことになった。未樹は、こちらの心配をよそに、外車でお出迎えなんて素敵、と妙に喜んで、山下さんにも会えることを楽しみにしているとメールに書いていた。



つづく。

by ikanika | 2020-04-09 11:31 | Comments(0)


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