季節のリレー  連載第一回

はじめに


今年の五月から、この場で短編の掲載を始めました。

少しですが、楽しんでいただいているという言葉を

耳にすることが出来て嬉しく思っています。

今日から二作目「季節のリレー」の連載を始めますので

お付き合いいただけると嬉しいです。


物語は、前作「二人の居場所」から、だいたい十年くらいが経過した

サイトウタダユキと里夏、そしてマスターを中心としたお話です。

(ですので、先に「二人の居場所」を読んでいただくと理解が深まります)

前作よりもやや長くなりましたので、一回の掲載量も多くなっています。

時間のある時に、ゆっくりお楽しみください。


ストーリーはあくまでフィクションですが、

カフェでの様々な出来事がきっかけで書かれた部分も多くあります。

ですので、実際のcafeイカニカと結びつけて、

いろんな妄想をしていただくのは自由です。

カフェを訪れていただくきっかけになれば嬉しいです。


cafeイカニカ

平井康二



S氏に捧げます。



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季節のリレー (第一回)



 タダユキは、朝、コーヒーを淹れる。里夏の分と二人分。二人ともたっぷり二杯は飲みたいので、五人分くらいの量だ。同じ豆、同じ挽き具合、同じ水、同じ温度、でも同じ味だったことは一度もない。原因は、豆にもあるし、飲む側の人にもある。豆だって農作物である以上、全く同じはありえないし、飲む側の味覚がいつも一緒なんていうこともありえない。時々、カフェに来るお客さんの中に、「豆、変わりました?」という人がいて、「いえ、同じです」と答えるのだけれど、正確に言うと「いつも違っている」のだ。いつも違っていることを受け入れて楽しむのが正しいのだ、とタダユキは思う。

 タダユキがカフェを引き継いでもう十年くらいになる。里夏と結婚してしばらくは、タダユキは小説を書きながら古本屋のレジに座っていたのだけれど、介護施設に入っていたオーナーがいよいよもう危ないということになり、古本屋は家族の希望により閉店し、裏の母屋も含めて売りに出された。残された古本の在庫から欲しいものがあったら先に持って行っていいといわれたのだが、置き場所にも限りがあるので、ほんの少しだけオーナーの形見のつもりでもらうことにした。残りは、専門の業者に引き取られ、タダユキに小説を書かせた書斎は跡形も無く、なくなってしまった。それ以降、小説を書いてはみるものの、なかなか版を重ねる作品が書けないタダユキを見かねて、イカニカのマスターはカフェの手伝いをするように誘ったのだった。はじめは、週末の手伝いだけだったのが、徐々に平日の営業を任されるようになり、さらには、夏の期間をまるまる預けられるようになり、最終的には、今のようにタダユキのカフェになったのだった。マスターは、「ちょっと、俺もタダユキみたいに物書きをしたいから、カフェを譲るよ。俺は湖のある山に引っ越すことにする」と言って、あっけなくカフェをタダユキに譲ったのだ。結果、タダユキとマスターの本業が入れ替わったような状態になった。カフェの設備はそのまま残してくれたので、タダユキは、ほぼ一銭もかからずにカフェのオーナーになった。メニューも手伝いをしながらマスターに教わったことをそのまま引き継いだ状態なので、中身はカフェイカニカそのままと言っていい。事情をよく知らないお客さんは、ただマスターのかわりにタダユキが店に立っているというくらいの認識でしかない。マスターは、今でも一年に二、三回はカフェに顔を出すのだけれども、果たして何かを書いているのかはよくわからない。もっと言ってしまえば、どうやって暮らしているのかさえもタダユキたちは知らない。たまに顔を出して話す内容と言ったら、山でイノシシを仕留めてみんなで食べたとか、今年は高原レタスの出来が遅いとか、トマトが例年より甘いだとか、ほぼ農家の人と話しているような内容で、恐らくマスターはほとんどの時間を農業に費やしているというのが正しい解釈なのだろう。その合間に何かを書いているのかもしれないが、どこかに発表したという話は聞いたことはない。そのマスターは、来ると必ずコーヒーを飲む。タダユキたち以上にコーヒー好きで、話し込むとおかわりをすることもある。マスターの時代からカフェではケメックスでコーヒーを淹れていたのでタダユキもそうしている。ハンドドリップのカフェでは、コーノ式で淹れるのがスタンダードだったから、一度なぜケメックスなのか尋ねてみたことがある。答えは明瞭で、「いつも家ではコレだから、扱い慣れてる」だった。マスターも、「時々、いつもと味が違うっていう客がいるけど、そういう奴は、自分の味覚のせいにしないで、こっちのせいにするんだよね。いつもおんなじ風に味を認識できるなんておごりだよ。体調によって味覚なんて全然かわるから。今日は、自分の好みと違うな、って思ったらまず自分を疑った方がいいよ」と言っていた。タダユキはマスターに、「今日のコーヒーどうですか?」と毎回必ず尋ねることにしている。すると毎回「美味いよ」としか答えない。恐らくマスターの中では日々のいろんな出来事を省みながら、今日感じるコーヒーの味を楽しんでいるのだろうと、タダユキはその表情を見ながら感じている。

 春のある日、タダユキがまだ作家を専業としていた時にお世話になった小説家の先輩の杉浦さんがカフェに突然現れた。タダユキが書くのをやめてからは、ほとんど連絡という連絡は取っていなかったのだけれど、何かの雑誌でこのカフェのことを見つけたと言ってわざわざ尋ねてきてくれたのだった。最後にお会いしたのがいつだったかさえも覚えていないくらいなのだが、お互いすぐに昔のように会話が出来たことが不思議だった。昔から杉浦さんは、一日に何度もコーヒーを飲むくらいのコーヒー好きで、その時もコーヒーをオーダーしてくれた。杉浦さんは、一口飲むとこう言った。

「サイトウくんのことだから、美味しいコーヒーを淹れるんだろうな」と。

実際に目の前でタダユキのコーヒーを飲んでいるのに、何を言っているのか訳がわからなかったので、曖昧な愛想笑いをしていたら、

「俺ね、味がわからなくなっちゃったんだ、薬で」と杉浦さんは言った。

昔からいろんな病気をしていた印象があったので、軽く冗談めかして、「今は何の病気ですか?」と尋ねてみた。

杉浦さんは、少し間をおいてから

「俺ね、死ぬの。だから、会いにきた」と言った。いつも冗談だか本気だかわからないことを言う癖があったので、またきつい冗談を言ってるな、と受け止めていたら、鞄から一枚の診断書を取り出し「見てみな」と言ってタダユキの右手に握らせた。

「ここ、読んで」と杉浦さんが指で示した先に、

「通常、多くの場合、余命半年から長くて二年」とあった。

「なんで?どういうことですか?」としか言葉が出て来なかった。

「その薬のせいでさ、コーヒーの味、わかんないんだよ」と言って、また一口、コーヒーを啜った。

「ずっと検査をしてたんだけど、この前ようやく結果がわかって、それがこれ。だから俺もどうしたらいいかわかんないよ。だから何も言わなくていいよ、サイトウくんは。こんなもの見せられてもリアクションに困るよな。でも、死ぬのは確実」

「はい」としか言葉が出て来ない。杉浦さんは、細かく自分の病気のことを説明してくれたのだけれど、タダユキの耳には届いてこなかった。ただ杉浦さんの言った「俺、死ぬから」という言葉だけがずっと響いていた。

「半年か二年かは、個人差があって、全然わからない。ずいぶん違うけどね、半年と二年じゃ」

「そうですよね」

「また来るよ、今日はとりあえず報告」

「ありがとうございます」

 店を出る杉浦さんの足取りは、心なしか危ういものに思えた。タダユキは杉浦さんが帰ったあと、しばらく何も手につかなかった。今の出来事は現実だったのだろうか、昼さがりに夢を見ていたのだろうかとも思ってみたけれども、目の前には杉浦さんが飲んだコーヒーカップが残されていた。誰かにこのことを話していいのか判断がつかなかった。杉浦さんは特にまだ誰にも話さないでほしいとか、そういう事は言っていなかったけれど、誰に話すにしても、冷静に事実を正確に伝えることが出来るか自信がなかった。まずは妻の里夏には話をしようと思う。二人が結婚した頃、杉浦さんはよく食事に連れていってくれた。それはタダユキの原稿料だけでは生活は大変だろうという同じ物書きの先輩としての気遣いと、若い時にいいものを食べるべきだ、という杉浦さんの考え方によるものだった。「若いうちに、美味いものの味を覚えておいた方がいい。その後の食生活が豊かになる。年取ってから贅沢する人がいるけど、それじゃ、もう遅い。そんなに食べられないし、味覚も衰えている」といつも言っていた。店を閉めて、帰りの車の中で里夏にどう話そうかと何度もリハーサルを繰り返し、里夏に話している自分を想像する。どんなトーンで話せば今のこの心境が伝わるのか、そして事実としてきちんと伝わるのかがわからなかった。杉浦さんは、動揺も悲観もせず、淡々と事実だけを報告に来てくれた。それ以上のことを里夏に伝える必要はないけれども、タダユキの気持ちも同時に伝えるべきだとも思う。それが難しくなってしまう原因でもあった。杉浦さん本人がああも淡々としていると、タダユキも感情の置き所に困ってしまう。人が死を迎えるということは、当然悲しいことではあるのだけれども、死を目前にした本人以上に悲しむのもなんか違う気がする。杉浦さんは、自分の死を受け入れる準備を整え始めたばかりという感じで、他人がその死に関して何かの感情を抱く段階にはまだ時間が必要なのではないかとタダユキは感じていた。しかし、ただ淡々と「杉浦さん、死ぬんだって」と里夏に言ったところで、頭がおかしくなったと思われるくらいに変な報告だ。かと言って、深刻なトーンで語るのも杉浦さんが淡々としていた分、憚れる。考えがまとまらないうちに家に着いてしまった。二階の灯りが点いているということは、里夏はもう帰っているということだった。タダユキは、愛犬のゾーイを抱えて二階に上がる。「おかえり」と里夏はいつものように明るいAトーンで言う。人の死を伝えるには似つかわしくないトーンだ。夕食が終わるまで話すのはやめようとタダユキは決めた。そろそろ寝ようかという時間になって

「今日さ、杉浦さんが来てね」とタダユキは切り出した。

里夏はすぐに

「あら、珍しい、元気だった?」

まぁ、当然のリアクションなのだが、

「元気じゃない」とは切り返せずに、

「実はね、なんか病気みたい」とタダユキはトーンを切り替えるように話を続けた。

里夏も何か深刻な空気を感じ取ったのか、じっくり聞く態勢になってくれた。

「診断書を見せられてね、そこに、あと半年から二年って書いてあって」

「何それ?」と里夏は即座に質問を返してきた。

「病気みたいで、杉浦さんは、俺は死ぬからって、淡々と、報告しに来た」

「治らないの?」

「詳しくは、わからないけど、とにかく、俺は死ぬからって」

 一年が過ぎ、そして夏が終わる頃、杉浦さんはこの世を去った。病気はどんどん進行していったが、その間に一度だけコーヒーを飲みに来てくれたことがある。味がわからないのに、「美味しい美味しい」と言って飲んでくれた。その感じは、イカニカのマスターが「美味いよ」とだけ言ってコーヒーを飲むあの感じをタダユキに思い出させた。あの時、杉浦さんは自らの死を受け入れていたのだろうか。最初の時に何度も口にしていた「俺は死ぬから」という言葉を一度も口にしなかった。ただ、美味しいとだけ言って帰っていった。夏の葬儀には近しい人だけが参列し、帰りにみんなで蕎麦屋に行った。

「なんか、こういう映画あったよな、真夏に黒い喪服を来て、暑い暑いって言って、汗をハンカチで拭いてる感じ。それで、蕎麦屋でざると冷酒。本当なのかね、これ」とタダユキは独り言のように呟いた。みんな黙ったまま、ただ蝉の鳴き声を聞いていた。恐らく、これからずっと、夏が来て蝉の鳴き声と蕎麦屋と冷酒に出会うたびに、杉浦さんを思い出す事になるのだろうとタダユキは思った。そうやって思い出すことが供養になるのだろうと。

 朝晩の風が秋の気配を運んできて、夏の終わりを告げる頃になると、タダユキはカフェイカニカの手洗い場に掲げてあった散文を思い出す。



『「やぁ、久しぶり。元気にしてた?」

夏休みが終わって、久しぶりに学校へ行くとき、なんとなく緊張した記憶がある。

友達はみんな、夏休み中にどことなく大人になっていた気がした。

同じ背丈だったはずの親友は、自分よりもひと回りおおきくなっていたり、

意中の女の子は、いちだんと可愛くなっていたり、

自分だけが少し、取り残されたような気分だった。

たぶんそんなことはなかったのだろうと、今となっては思うことが出来るのだけれども。

夏は、人を少しだけ成長させる。

それは、子供も大人も同じこと。

この夏は、君をどんな風に変えたんだろうか。』

 これは、マスターが気まぐれに書いていたもので、タダユキのデビュー作と同じ「一人の居場所」というタイトルが付けられていた。

「あの場所は、カフェに来たお客さんが必ず一人になる場所だから、『一人の居場所』。大した意味はないよ」と言っていた。しかし、密かにあの手洗い場で、それを読むことを楽しみにしている人もいて、一時期やめてしまったら、お客さんから再開のリクエストが寄せられたそうだ。

「だって、誰が読んでるかわからないし、読まれてるのかもわからないから」とマスターは言っていたので

「だって、一人になった時にコソって読んで欲しいからあそこに飾っているってマスター言ってましたよ。だからみんな、コソって読んでるんですよ。リアクションがわからないのは仕方ないですよ」というと、

「そうなんだけどね」とマスターは珍しく口籠もった。

夏の終わりのこの散文が、タダユキは大好きだった。単純に自分の中学校時代にあてはめていて、その頃思いを寄せていた同じ部活の女の子の事を思い出すからだった。結局、その想いは実らずに中学時代は終わったのだけれど、小説家としてデビューして三作目に、その頃のことを題材にして短編を書いたのだった。その中では、なんとなく想いが伝わって、付き合うまではいかないまでも儚い片思いで終わり、ということにはしなかった。小説の中は自由でいいなぁ、とその時つくづく感じたことを覚えている。その物語は、中学校を卒業したところで終わるのだけれど、いつか続きを書いてみたいと密かに思っている。高校、大学と小説の中の主人公は、その子と恋に落ちる設定にすべきか、曖昧な関係のまま時間が流れていくような設定にすべきかまだ悩んでいる。正直、曖昧な状態の話の方がリアリティがあるように書けると思っているのだが、果たしてそれが読者にとって面白いのかどうかは、また別の話だ。かと言って、大恋愛話が自分に書けるとも思えない。もう何年か経ったら、カフェの合間を見て書いてみようと思う。(続く)





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by ikanika | 2017-07-07 23:05 | Comments(0)


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