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【連載】二人の居場所 第六回

 水曜日は雨だった。このカフェに来るときは、雨の日が多いなぁ、雨の水曜日の歌は、あれは確か大滝詠一か、水の曜日だから雨なのか、とか脈略のない思考を無駄に回転させているうちにカフェについた。中を覗くとすでにカウンターにサイトウが座って、マスターと談笑しているのが見えた。

「こんにちは」と中に入ると他にお客さんは居なかった。

「この雨じゃぁ、ここまで歩いてくるお客さんは、さすがに居ないよ、こんな時間だし。貸切だよ」

とマスターがサイトウに話しているのが聞こえた。

サイトウはカウンターから立って、いつも私が座るマスターから一番遠くて、でも姿の見える席の向かいに座った。

「いつも、ここなんですよね」

と、たぶん、マスターが教えたのだろうけれども、そう言って、私が座るのを待った。サイトウの前には、飲みかけのコーヒーがあったので、

「私も、コーヒーを下さい」

とマスターに声を掛けた。

「お久しぶりです」

とまずサイトウは挨拶がわりの一言を口にし、視線を合わせた。

「そうね」

と、答え、コップの水を一口含む。

「完成したの?」と、早速本題の質問をすると、

「はい、一応」

と歯切れの悪い回答が返って来た。

「たぶん、これで完成なんだと思います。これ以上、物語が進まなくなったので」

そうか、サイトウは自分の意思で書いているわけではないから、そういう答えになるのは仕方がないか、と思っていると、マスターがコーヒーを持って来てくれて、

「前の時も、サイトウくんは、そう言ってた、たぶん完成です、って。な?」

「あ、はい」

それだけ言ってマスターは去っていった。

「どう、今日の私もすでに物語の中に登場している感じ?」

と少し意地悪いかな、と思いつつも聞いてみると、

「いえ、まだ、それは無いです。けど、物語の中の水曜日も雨でした」

とサイトウは答えた。

「この前、ここで会った時も雨だったね、あれも水曜日。私がここに来るときは雨が多いみたい。たぶん」

「そうなんですね、物語の中の里夏さんは、いつも『雨のウェンズディ』という曲を聞いていて、それは、自分が水曜日に外出するといつも雨に降られるからという理由で、友達からプレゼントされたんです。大滝詠一?ですよね」

「そう、サイトウくんは、知らないよね、世代が違うもんね」

「でも、あのジャケットは見たことあります。ロングバケーション」

「たぶん、それはここで見たんだわ。マスターが夏になると時々あそこに飾るから」

と話しているとマスターはレコード棚からロングバケーションのLPを取り出し、私に見えるように掲げてニコニコしていた。店内のお客さんの会話はほとんど聞こえると前にマスターが言っていたのは本当で、私達の会話はマスターの耳には全て聞こえているようだった。

「そんなに長い物語ではないので、すぐ読めると思います。これ、原稿です。

お願いします」

「いま?じゃないよね、帰ってからでいい?」

「あっ、はい。目の前で読まれるのは、ちょっと」

「そうよね。主人公が私に繋がってるんだもんね、私も無理。ちなみに、その里夏さんは、幸せ?

 一応、心の準備があるでしょ、私にも」

「そうですよね、なんて言うか、幸せに向かっているはず、というか。

 そうしなくてはいけないというか」

「なにそれ?どういうこと?」

「僕もこれで終わりなのかなって、ちょっと腑に落ちないというか」

「そうなんだ、わかった。とりあえず読むね」


 サイトウの新しい物語は、主人公の里夏が歳下の作家志望の青年に出会ったところで終わる。はっきり言って、これと言った出来事もエピソードもなく、物語は淡々と進行する。主人公の里夏の悩みや葛藤は、読者からすれば取るに足らない物事に思え、平穏無事な日常を送っていて幸せだと思わなくてはいけない人生のように思えた。最後に唐突に登場するその作家志望の青年との出会いは、どちらかというと平穏無事な里夏の人生をもしかしたら壊してしまうのではないかという匂いを残して終わる。読者がそれをどう読み解くかは、淡々と描かれるそれまでの里夏の日常をどう捉えるかで解釈は大きく別れるような気がすると思った。サイトウは、この主人公と私が繋がっていると手紙に書いていた。そこにどんな意味があるのか、一度読んだだけでは何も見えては来なかった。最後に登場する作家志望の青年は、サイトウ自身なのではないかと考えるのが普通だろうけれども、それでは、あまりに普通過ぎる。この物語でサイトウに書かせようとしたものは、一体なんだったのだろうかと、大きな問いだけが残された感じだ。サイトウが歯切れの悪かった理由も、分かるような気がする。


 二度三度読むうちに、主人公の里夏の平穏無事な日常と私自身の日常の匂いがなんとなく似ているのではないかと思えてきた。主人公の里夏の平穏無事な日常は、言ってみれば自らにとっての異物を取り除くことで成立していた。あるいは、取り除かないまでも積極的に関わりを持たないというような方法で。その結果もたらされるのは、自分以外の他者との希薄な関係性なのだった。主人公里夏はその希薄さ故の心地よさに慣れ親しんでいて、その選択に間違いがないものと確信していた。時折、選択の過程で葛藤したり悩んだりはするものの、彼女が導かれるものは排除という方向性のものでしかなく、いつもその結果に満足している。一度、異物との共存めいた選択をしてみるだが、早々にそこからは逃げ出すことになる。そんな主人公里夏にとって、やはり最後に登場する作家志望の青年は大いなる異物であって、排除するという選択肢しか今までであればないはずなのだけれども、物語は彼を異物として簡単に排除すべき対象としては描いてはいない。異物であることには変わりがないのだけれども、排除ということ以外の方法で接すべき対象として、物語の里夏の中に居座ることになるのだ。自分も同じ様に、サイトウのことをそう捉えているのかどうかは、正直、自分のこととなると判断がつかなかった。ただ、自分の中にサイトウの存在がいつも居続けていることは確かだった。


 サイトウに感想を伝えたほうがいいのだろうな、と思っているのだけれど、何をどう伝えたらいいのか上手い言葉が見つからずに時間だけが経過していった。読み返す度に、今までの自分の選択が正解であったのか、誤りであったのかを問いただされているような気分になった。それは、様々な過去の選択を省みる機会を私に与え、それと同時にこの先の自分の選択肢にいままでとは何か違う道を指し示してくれるような予感を抱かせるのだった。サイトウはひとつが終わるとまた次が用意されていると言っていたので、もう次の物語を書いているだろうか、と思うとなんとなく釈然としない気分だった。自分は、まだ、この里夏という自分と同じ名前の主人公の物語をきちんと消化できていないというのに。しかし、サイトウも次の物語を書かせてもらってはいなかった。雨の水曜日から五日後にサイトウから今度はメールが届いた。メールには、こうあった。

「里夏さんの物語に、少しだけ続きがあります」と。

また、カフェで待ち合わせることになった。

水曜日三時に。今度は、雨でなければいいのに、と思った。(続く)


by ikanika | 2017-06-05 21:48 | Comments(0)


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