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【連載】二人の居場所 第五回

 サイトウから届いた手紙をもう一度読み直そうとカバンから取り出した。マスターがコーヒーとチーズケーキを持って来て、チラッと手元の手紙に視線を移したのがわかったけれども、そのまま何も言わずに戻っていった。サイトウの言う、この町の何かが物語を書かせているとは、どういうことなんだろうか?十五年この町に暮らしているけれども、住民達が何か秘密を共有しているなんて噂は聞いたこともない。私が主人公で、すでに物語で書かれていることを私がしている?そんなことって、ありうるのだろうか。サイトウというのは、もしかして相当に危険な人物なのではないか。サイトウの言う、大切な人、とはどういう意味なのか、主人公の名が自分と同じ里夏だなんて、もしかしたら単なる口説き文句なのではないかとも思えてくる。

マスターが水を注ぎに来てくれたので、

「サイトウさんの小説って読みました?」

と聞いてみた。

「うん、あの賞とったやつ?」

「はい」

「読んだよ、というか、あれ、書き進む度にちょっとずつ持って来てたから、ここに」

「そうなんですか?」

「サイトウくんが言うには、この町の何かが僕に物語を書かせている、って。まぁ、よくあるアーティスト的な言い方だよね」

「はい。でも、マスター、それどう思います?この町の何かが書かせている、ってこと」

「どうって、、、確かにこの町に住んでから小説を書き出したというのは本当だろうけど、それはただこの町の環境とか暮らしが彼にそういう影響を与えたということだと思うよ。何かが書かせている、なんて、そういう異次元的な話は、あまり興味ないから、僕は」

「そうですよね、わたしも」

「でもね、この店の名前、イカニカ、

彼曰く、ここに来る前からあの物語では、同じ名前だったって。ほんとかね?」

「名前」

「そう、俺を喜ばせる為に言ってんじゃないのって、言っといたけど。

真面目に、ここに来る前からそうだったんです!って、言い張ってたよ」

「…私も言われて、名前」

「何それ、どういうこと」

「同じ里夏だって、いま新しく書いている主人公の名前が私と同じ里夏だって」

「それって、単なる口説き文句だよ。その手紙、サイトウくんから?ラブレターみたいな感じ?」

「よくわかんないんです。何度読んでも。読みます?」

「いいの?」

「はい、どうぞ」

「じゃあ、ちょっと、失礼して」


「なるほど。同じこと言ってるなぁ、でも、この、大切な人、って?

そういうことじゃない」

「そうなんですか?なんか、わからなくて。普通ならラブレター的な意味でしょうけど、物語の話しがあるから、なんか、その主人公として大切、みたいな事かな、とか取れたり。それに、サイトウさんと私、ちょっと歳離れてますよ?」

「そんな気にするほどの差じゃないでしよ。でも、里夏さんはどうなの、サイトウくん?」

「…どうなんですかね」

「それ次第だよ。僕は、いい感じだと思ったよ、二人。側から見て」

「そうですかぁ」

「あとさ、最後のこの宛名がカタカナのサイトウっていうのは何?」

「それは、私の中では、あの人のイメージは、カタカナのサイトウがなんとなくしっくりくるな、というのがあって、漢字ではなく、斉藤忠之でもなく、カタカナでただのサイトウ。だから手紙の宛名をカタカナでサイトウってしたんです。それでも届くじゃないですか」

「なるほど。わかるような、わからないような。でも、読み方によっては、タダノサイトウだよね、斉藤忠之って」

「ん?あぁ、確かに。すごいマスター、よく気付きましたね、タダノサイトウだ」


「いらっしゃいませ」とマスターは他のがお客さんが来たので、私の元を去っていった。



 歯医者には三ヶ月先まで行く予定はないし、カフェにもなかなか立ち寄れる時間もなかったので、サイトウに会うことなく、手紙が届いてから三週間近くが経った。一ヶ月くらいで新しい小説は書き上がると言っていたので、もう随分物語は進んでいるはずだった。主人公の里夏は、どうなっているのだろうと、なんとなく他人事には思えなくて気になっているのだが、サイトウの古本屋まで行って、物語の進み具合を聞きに行くことまではしなかった。待っていればいずれどこかでばったりあったり、連絡が来たりするだろうと思えたからだ。銀座でインタビュー取材を終えて、遅くに帰宅するとサイトウから封書が届いていた。開けると、一枚だけメモ書きのように、

「完成したので読んでいただけますか?今度の水曜日の三時にカフェで、いかがですか?」

とあった。今時、普通こういうやりとりはメールとかでやるものだと思いつつ、自分も敢えて、封書で返事を書いた。

「大丈夫です。楽しみにしています」と。(続く)


by ikanika | 2017-06-01 12:31 | Comments(0)


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