【連載】二人の居場所 第四回

鈴本様


お手紙ありがとうございます。

郵便受けに手紙が入っているなんていう経験は、いつ以来かもう覚えていませんが、嬉しいものですね。連絡先もお伝えしないで感想を下さい、という失礼なことをしてしまった先に、こんな手紙が届くという嬉しいサプライズが待っていたなんて、幸運に感謝します。それより先ず、連絡先をお伝えしていなかったことをお詫びしなくてはいけませんね。ごめんなさい。一応、携帯もメールもあるのですが、ある理由でほとんど持ち歩かないようになってしまっていて。とはいえ、出版社や編集者の方とのやりとりに必要で、新しくアドレスを最近作ったのでお伝えいたします。tadasai@ikanika.com これは一日に何度かは見るようにしていますので。あとは、基本、店にいるか、いなければ裏のオーナーの母屋にいます。オーナーが施設に入ってしまう時に、家の管理を頼まれて、その代わりに、ひと部屋専用の書斎のようなものを貸してくれることになって、いまは母屋の掃除や管理をしつつ、その部屋に住んでいます。

さて、『一人の居場所』に関してですが、感想をありがとうございます。おっしゃる通り、舞台はこの界隈です。カフェもあのマスターのカフェです。この町に暮らし始めてから、不思議とどんどん物語が生まれ来て、この町の何かが僕に物語を書かせているという感覚でいます。なので、この町に暮らす誰かに先ずは読んで欲しくて、先日、本をお渡ししました。あのストーリーは、大体、一ヶ月くらいで書きました。いつも店に座っている時に書いています。レジに座って下を向いている時は大抵物語りが進んでいて何かを書いています。定休日にも店は閉めていますが、レジに座って書いています。なぜだか、母屋の書斎として貸してくれた部屋では、全く書くことが出来ません。部屋はとても落ち着いて、そこに居るのは好きなのですが、物語りが動き出さなくなってしまいます。なので、あの狭い店のレジが本当の書斎ということですね。鈴本さんは、この町に暮らしてどのくらい経ちますか?僕はまだ、三年に満たないくらいです。ありえないことだと思っていますが、この町に暮らす人たちは何かの秘密を共有しているのかもしれない、などと妄想したりもします。もし、この町の何かが僕に物語を書かせているのだとしたら、僕はその理由を知りたいと思っています。大袈裟かもしれませんが、何かの役割を与えられているのでは、とか考えたりします。実は、『一人の居場所』は、始めて書いた小説です。本を読むのは好きでしたが、それまで書いたことなんてありませんでした。書きたいと思ったことも。でも、この町に越して来てから、自分の中に物語が生まれてきて、それを少しずつ花瓶に水を注ぐように文字に移している感覚で書き始めました。そうするとこで、いままで自分の中にあった、なんとなくモヤモヤしていたものが、晴れていくというか、きちんと流れているみたいな感覚を得ることができました。そうやって、まず『一人の居場所』が完成しました。書き上げたというような達成感ではなく、頭というか身体からスッと何かがすり抜けて出てきたというような感覚です。なので、文学賞を取ったといわれても全く他人事のようでしかなく、正直戸惑っています。取材とかでインタビューされても、何を話したらいいのかわかりません。まさか、この町が僕に物語を書かせているなんて言ったら、単なる変わり者の引きこもり男くらいのイメージで扱われるのがオチかと。でも、また今は別の物語を書いています。一つが終わるときちんとまた次が用意されているようです。まだ物語は始まったばかりで、はっきりとはわからないのですが、主人公は女性で、僕の中ではその女性のイメージは、あなたに繋がっています。いつか少し酔ってお店に入ってきた時に、そう感じたのです。時々、百円コーナーを見ているあなたを知っていましたが、その時はそんなことは思いませんでした。というより、その頃はまだ『一人の居場所』を書いていて、いまの物語を、書いていなかったからかもしれませんが。その後、歯医者やカフェで偶然お会いしましたが、その度に、あぁ、やっぱりそうなんだ、この人が今の主人公なんだ、と確信したのです。あなたの話す言葉やその仕草は、すでに僕が物語で書いていることと同じ瞬間があります。こんなことを言うと、預言者のようで気持ち悪いと思うかもしれませんが、具体的な言葉や仕草というより、ある種の共有の匂いというか、空気感というか、上手く言えませんが、そういう感覚的な部分の話です。あなたが次はこう話すとか、こういう行動をするとか、そういう予知能力みたいな感じでは全くありませんからご安心ください。ただ、物語がどういう風に進んで行くのかが、楽しみでもあり、不安というか心配でもあります。僕には、そのストーリーをどう進めて行くのかという権限はなく、ただ文字に移していっているだけなので、その物語がもし本当にあなたに繋がっているとしたら、やはり主人公には良い結末が用意されていて欲しいと思っています。大切な人が辛い目に遭ってしまうのは、耐えられませんから。まだ始まったばかりですが、幸い主人公は毎日を平穏に暮らしています。時々、迷ったり妄想したりはしていますが、それは誰にでもよくある程度の日常的なレベルの話です。

たぶん、この物語もあと一ヶ月くらいで完成すると思います。その間にまたあなたには、どこかで必ずお会いすると思いますので、物語の主人公の話をよかったら聞いてください。最後に一つ、物語の主人公も、里夏さんといいます。偶然ですね。

長々と、余計なお話を書いてしまったかもしれませんが、お許しください。

また、お会いするのを楽しみにしています。


サイトウ



PS:

宛名、どうしてカタカナでサイトウにしたのですか?



 鈴本里夏は、尾道の高校を卒業すると、東京の専門学校に入るために上京した。尾道の田舎町でずっと暮らすことになるのは絶対に嫌だという、よくある十代の若者の思いを里夏も抱いていて、取り立てて専門学校で何を勉強したいとかはなかったのだが、手っ取り早く田舎を出る手段としてその学校を選んだ。インテリアのスタイリングを勉強する科を選んだのだが、卒業するとなにか公的な資格が取れるとかはなく、ただその業界に就職しやすくなるというメリットがあるというだけだった。学校は、渋谷と代官山の間にあって、どちらの駅からも歩いて十分程度かかる。人混みの苦手な里夏は、大抵、代官山を利用した。その頃の代官山は、今のように小洒落たお店や大きな書店などなく、渋谷の隣の本当に小さな駅で、人によっては、無くても良いくらいに思われていて、いつかほんとうに廃駅になるのではと噂が流れた時もあった。同じ路線で通いやすいという理由で、里夏は自由が丘にアパートを借りた。尾道に住んでいても自由が丘がお洒落な街だという事は情報として知っていて、学校が東横線にあると知った時から住むのは自由が丘と決めていた。当然、他の駅に比べれば家賃は割高なのだが、部屋の広さより自由が丘暮らしというステイタスを選んだ。それ以来、もう、十五年もこの町に暮らしている。就職して、一度それまでよりは広いマンションに引っ越しをしたが、それもたかだか三十メートルの移動という引越しだったので、友達に手伝ってもらって、何往復かすれば荷物は全て移動出来た。自由が丘は実際住んでみると里夏が抱いていたお洒落な都会暮らしとはかけ離れていた。大きなデパートやショッピングセンターがあるわけでもなく、駅前には雑多な小さな個人商店がいくつもあり、その感じが里夏にはちょうどよかった。この程度の街ならどこにでもあるのに、なんでみんな地方からも自由が丘に観光目的で来たりするのかが理解できなかった。今、サイトウがいる古本屋は里夏が上京した頃からあったけれども、二十代の里夏の生活には用のない存在と認識されていて、一度も入ろうと思ったことはなかった。いつ頃から入り口脇の百円コーナーを覗くようになったのか記憶にない。サイトウがレジに座るようになったのは、恐らくこの二、三年だろうから、ちょうどそのくらいの時期からだろうか。あのカフェは、里夏が仕事をはじめて、三年目に出来たからもう十年くらいになる。オープンした年のことはよく覚えていて、二年勤めたインテリアショップを辞めて、フリーでライターをしている先輩のお手伝いを始めた年だった。それが今の仕事をはじめるきっかけになるのだけれど、その頃は、割と時間だけはあって、よく近所をぶらぶら散歩していた。散歩の途中で、ちょうどマスターがDIYでカフェを作っているところに通りかかって、「何をつくってるんですか?」というようなことを質問したのだった。散歩の度に、完成具合を覗きに行くようになり、わすが一ヶ月足らずでカフェは完成し、その年の夏にオープンした。こんな住宅街で商売になるのだろうかという里夏の心配をよそに、土日のランチタイムなどは、満席で入れないくらい繁盛した。里夏は主に平日の空いている時間に通うようになり、それがいまだに続いている。最初の頃は、友達を誘って行くとこもあったけれども、いまは一人の居場所として里夏にとって大事な場所となっている。(続く)


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by ikanika | 2017-05-29 20:45 | Comments(0)


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