【連載】二人の居場所 第三回

 程なくしてサイトウが傘をさして現れた。やや大きめの紙袋を片手に持って。サイトウは私の姿を認めるとマスターに挨拶する前に、「こんにちは」と私に向かって声をかけてきた。マスターは、ありがとうとサイトウに声をかけ、紙袋を受け取り、カウンター席にサイトウを座らせた。そして、「よかったら、こちらに」とマスターは私をサイトウのいるカウンターに招いてくれた。

「どうも」と私が言ったきり会話の弾まない私たちを見てマスターが、怪訝そうに

「二人、知り合いでしょ?」と聞いてきた。

「はい!」とサイトウはこの場に相応しくないくらいハッキリとした返事をしたので、感の良さそうなマスターは、事の次第をなんとなく理解したようで、あまり私たちの関係には触れずに、サイトウの持ってきた本を取り出し一冊ずつ吟味し始めた。

「ここには、よく来るんですか?」

とサイトウは平静を装って聞いてきた。私が返事を返すより先にマスターが、

「サイトウくんより、全然長いよ。結構前から来てくれてる」

と答えてくれた。これをきっかけに、なんとなく本の事やらカフェの事やらをマスターが話題を振ってくれて、三人で一時間くらい話しをして、カフェも閉店時間をだいぶ過ぎてしまったので、帰ることになった。サイトウは、店に寄るというので帰り道、途中まで一緒に同じ方向に歩くことになった。


 カフェからサイトウの古本屋までは、緩やかな下り坂になる。つまり、カフェに行くには坂を登ることになる。一度女友達をカフェに連れて行った時、その彼女は、「この坂、キツイね」といって息を切らせていたのだけれど、尾道で生まれ育った自分にとってはこの程度の坂は、坂という認識ではない。少し傾斜のある道という程度だ。その坂道をサイトウは傘をさして私の少し前を歩いている。時折振り向いて、私の存在を確認する。傘をさしているせいで、横並びで歩くと車の邪魔になりそうなので、あえてサイトウの後ろを歩く。本当は、並んで歩いておしゃべりの続きをしたいのだけれど。そう、あの古本屋を買い取った話は本当なのかとか、文学賞を受賞するというのはどんな気分なのか、とか聞きたいことがいくつかあるのだ。しかし、会話という会話をしないうちにサイトウの古本屋のある交差点まで来てしまった。赤信号で立ち止まるとサイトウは、

「ちょっと店の前で待っていてくれますか?渡したいものがあるんです」といって小走りで店の裏手に入っていってしまった。シャッターの閉まった店の前で傘をさして待っていると、ガラガラとシャッターが半分程開き、その隙間からサイトウが屈んで出て来た。片手には、恐らく何かの本であろうサイズの紙包みを持ってた。

「これ、出来たばかりなんですが、本です、僕の。単行本で今月末くらいに発売することになっていて。まだ見本ですが、よかったら読んで下さい。」といって紙包みを渡された。

「本って、賞を取った作品の?」

「はい、それと、書下ろしのものが一つ収録されていますが」

「ありがとう、賞を取ったのって、やっぱり本当なんだ、すごい」

「その賞金で、この古本屋を買い取ったって話になってるんですよね、あの歯医者さんでは。

それは、嘘ですけどね、よくある噂話です」

「そう」

「この店は、僕のものではありません。オーナーはちゃんといます。いまは施設に。

もうご高齢で。僕はただ店番をしているだけです」

「バイトってこと?」

「いえ、もう少し好きにやらせてもらってますけど。オーナーはもう店に戻るつもりは無いようで。

でも、先々僕に店を任せるつもりなのかとかは、全然わかりません」

「そうなの?」

「はい、何か考えているとは思いますが、特に具体的な話はありません。

それ、読んだら感想聞かせて下さい。

僕はこれから編集者の方と打ち合わせなので、電車に乗ります」

といって、改札口の方へ走っていってしまった。私が聞きたかったことをサイトウは知っていたのかのように、明確な答えをサラッと残して去っていった。紙袋を覗くと、『一人の居場所』というタイトルが水色の飾り文字でデザインされていた。その下には、斉藤忠之とあった。ただのサイトウの方がいいのにと、思った。


 サイトウの小説は、いわゆる純文学によくある結末が宙ぶらりんな感じで読者に解釈を委ねて終わる少しだけ恋愛の要素の入った何気ない日常を題材にした作品だった。その文書のもつリズムというか呼吸の感じが好きだと思った。主人公の親しい人が死んでしまったり、恋がめでたく成就して終わるようなエンターテイメント性を重視したいわゆる大衆文学のようなものは興味がないので、サイトウがそういう作品を書いていなくてよかったと思う。時折、舞台として登場するカフェは、恐らくあのマスターのカフェだろうと想像できたり、町の景色もなんとなくこの界隈だろうと思える箇所があったりと、なにか創作の身近な秘密が垣間見れる感覚が楽しかった。

 サイトウに感想を伝えようにも連絡先を知らない。あの古本屋に行けば会えるのだけれど、まさか店先で感想を話すわけにもいかない。とりあえず、本を返しがてら読んだということ伝えに行きメールアドレスでも教えてもらおうかと思ったけれども、それもなんだか二度手間というか回りくどい感じがして、他に何か良い方法がないかと思いを巡らせていると、ふとこの前「日常をアナログ化する」と言っていた男友達のことが頭に浮かんだ。その男友達は、レコードで音楽を聞いたり、出汁を昆布と花がつおでとることにしたり、コーヒーを、豆を挽くことからやってみたり、味噌をつくってみたりと、様々なことをあえて手間のかかる方法を選んで生活しはじめいて、その中の一つに手紙を書くということも含まれていた事を思い出し、サイトウに手紙で感想文を送ることにした。文学青年にはうってつけのなかなか良いアイデアだと自分でも思った。サイトウに手紙を書くという行為を想像するとなんだか楽しくなってきて、仕事帰りに駅前の小さな文房具屋でシンプルな便箋を買って帰った。

 手紙には、楽しく読めた、というようなことをさらりと書いて、あまり内容的な事には触れずにおいた。賞を取った相手に対して自分が言えることなんてあるとは思えなかったし、サイトウもなにか今後の創作の糧になる感想を私に求めているわけでもないだろう。ただ近しい人から直接感想を聞いてみたいというような程度の軽いやりとりだと思ってそうした。それよりも、今度会う約束をどう取り付けるか、連絡先をどう聞こうか、という事に、頭を割くことになった。手紙を書きつつ、まるで中学生レベルだな、と思いながらもその時間が楽しくて仕方ないということは認めざるを得なかった。必要以上に感情的になっていないか、なにか思わせぶりな女になっていないかなど、自分が好ましいと思えるテンションで書けているかを何度も確認して封をした。ネットでサイトウの古本屋の住所を確認し、宛名を書く段になり手が止まる。斉藤忠之と書けば良いのだろうがなんとなくの違和感があり、あえて、サイトウ様、とカタカナで書いた。間違いではないし、斉藤忠之はペンネームかもしれないし、もっと言ってしまえば、サイトウから直接名前を名乗られたことは無いのだ。ただ、歯医者でサイトウさんと呼ばれていたのと、カフェのマスターが、サイトウくんと呼び、渡された本の著者名が斉藤忠之だという事実があるだけなのだ。だから、サイトウ様、でも良い。いま封書がいくらで送れるのかあやふやだったので、これもネットで調べてみる。記憶どおり八十二円であっていたけれども久しく手紙を出していないので、当然切手など持っていなかった。明日の朝、出がけにコンビニで切手を買って投函しようと書きあがった手紙をカバンにしまった。時間はすでに深夜の一時半だった。手紙を書き上げるのに二時間くらいかかったことになる。なんとも形容しがたい頭の疲労感とともに眠りにつく。案の定、明け方の夢にサイトウが現れたのだけれども、目覚めたときには内容は全く覚えていなかった。ただ、サイトウの存在がぼんやりと頭の中に居座っている感覚だけが残っていた。(続く)




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by ikanika | 2017-05-25 11:18 | Comments(0)


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