【連載】二人の居場所 第二回

 

 古本屋を買い取るには、幾らくらい必要なのだろうか?考えても全く想像がつかない。計算する糸口も見つからない。土地と建物とたくさんの本、さらには倉庫に在庫があったり、とか。文学賞といったって賞金はたかが知れている。不動産を購入出来る額ではない。だとすると元のオーナーが、継いでくれるならお金はどうでもいいとか言ってその意思を受け継いだとか、そんな話この時代にあるのか?なんて妄想を掻き立てる。今度行った時に、聞いてみればいいのだ、「この古本屋、いくらなの?」と、無理か。

 先ずは、サイトウが本当に文学賞を取ったのか調べることにする。この二、三年のうちの目ぼしい文学賞の受賞者をネットで調べる。こういう作業は、ネット社会になってものすごく便利になった。わけなくある中堅出版社の主催する新人文学賞の受賞者に、斉藤忠之という名を見つけた。おそらく間違いなく、あのサイトウだ。他にサイトウの名は見つからなかった。サイトウタダユキ、サイトウタダユキ、何度か反芻してみる。少し違和感がある、彼はただのサイトウの方がしっくりくると思う。それもカタカナのサイトウ。私が担当編集者なら作家名は、サイトウにするのに。

 雨の水曜日、古本屋の前を通りかかる。シャッターが降ろされ、定休日の札がかかる。そうか、休みだ。サイトウは、毎週水曜日に歯医者に通い始めたと言っていた。今頃、歯医者だろうか。歯医者のある方向に歩いてみようか、などとまるで淡い恋心を抱いている女子中学生のようなことを考えている自分がおかしい。サイトウに会いたいというのか、もし道端で会ったとしたらどうするつもりだ。「あっ、偶然」などとわざとらしい演技が自分に出来るだろうか。まさか、電信柱の影からサイトウの姿を見つめるとか、それじぁストーカーだ。頭の中がグルグルしたまま、いつものカフェの前まで来た。ここは、雨が似合う。とりわけランチタイムが終わって店としては一息ついてのんびりしている時間帯がいい。自分以外は誰もいなくても気詰まりな感じがしないのは、マスターの醸し出す空気感のせいか、ただ自分となんとなく波長があっているとこちらが勝手に思っているだけなのか定かではないが、誰もいないことを期待していつも店のドアを開けている。今日は、キッチンのすぐ近くの席に外国人が一人、本を読んでいる。まるで、外国のカフェのようで、「出来過ぎ」と心の中でつぶやく。私は、マスターのいるカウンターから一番遠くて、でも姿を認めてもらえる席を選ぶ。マスターから見えない席だとなんか不安なのだ。もう、「いらっしゃいませ」ではなく、「こんにちは」と言ってもらえる。けれど、それ以上に親しい口は聞かない、その距離感が心地よい。コーヒーとチーズケーキのハーフサイズ。特に迷うことなくいつものオーダーを済ます。やたらとドリンクの種類が多かったり、セットメニューの組み合わせが選べたりするようなサービスをしている店は苦手だ。ここは、ケーキは二種類、飲み物もスタンダードなものだけで、これはどんなものですか?と聞かないとわからないものがオススメになっていたりはしない。普段の生活では耳にしないジャズのようなクラシックのような音楽が選曲されている。時々、その音楽について質問をしているお客さんもいて、いつもマスターは過不足ない説明を丁寧にしている。音楽には全く疎い私にも、そのマスターの説明が的確で過不足ないのだろうということは、なんとなくわかる。その的確で過不足ない感じがこの店の全てに行き渡っている。

 サイトウもこのカフェに来ているのだろうか、とぼんやり考える。古本屋の休みは水曜日だけで、このカフェは夕方の六時くらいには閉まってしまうから、サイトウが来れるのは水曜日だけということは確実だ。そう、今日のみ。またしてもここで会ったらどうしよう、などと考える。マスターに聞いてみようか、「あの古本屋の店員さんて来ますか?」なんでそんなこと聞くのかとマスターは訝しむだろうか。あぁ、なんだか恋をしてしまった女子のようだ、やだやだ。

 カフェにある小さな本棚から気になっていた文学賞の受賞作を手に取り、冒頭部分を読んでみる。あぁ、やはり面白そうだと思って、買って読む事にして本棚に戻す。

「ここの本って、マスターのですか?」と

帰り際に尋ねてみる。

「基本、僕が読み終わったものを適当に入れている感じかな、あと、時々、近所の古本屋がオススメを持って来てくれる。ちょっと古いやつとかが、それ。それらは読んでないものもあるけど」

「古本屋って、サイトウさんの?」

「そう、知り合い?」

「えぇ、まぁ」

「そうなんだ、今日あとでなんか持ってくることになってるよ」

「そうなんですね… 」

「時間があるなら待ってたら、もうあと一時間くらいで閉店だから、それまでには来ると思うよ」

このままここにいれば、確実にサイトウに会えると思うと、胸の奥のあたりがなんだか痛くなってきた。その感じは、懐かしくもあり恥ずかしくもあるような感覚なのだった。(続く)


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by ikanika | 2017-05-21 20:31 | Comments(0)


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