六月のふたり

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短編を一つ、掲載します。

『六月のふたり』というタイトルです。

雨にまつわる記憶の断片を紡いでいったら、

ストーリーが立ち上がってきた、という感じです。

いずれ、この二人を主人公に少し長いものを書いてみたいと

思っていますが、今回はこれで。

雨の六月に読んでもらうのが良いかと思っています。

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六月のふたり





雨の季節だった。

空気中の水分がどんどん滲み出てきているようで、

僕の学生服をしっとりと湿らせていた。

太陽が出ていなかったせいで一体それが何時くらいだったのか、よく覚えていない。

学校帰りだったから三時過ぎだったのかもしれないし、

もっと夕暮れに近かったのかもしれない。

僕は君と二人きりで何をして過ごせばいいのかわからなかったから、

ただ馬鹿みたいに歩き続けた。

立ち止まってしまったら、

もうその時間は終わってしまうような気がしていたのかもしれない。

何もない住宅地を、ただあてもなく歩いた。

だんだんと住宅もまばらになっていって、

雑木林の中を道が伸びているだけになっても、構わず歩き続けた。

雨は降っていなかったけれど、湿度の高い空気のせいで、

僕も君もしっとりと濡れているようだった。

手を繋いでみたかったけれど、そのタイミングがわからなかった。

だから、ただ並んで歩いた。

時折、車が通りかかる道だったから僕は君よりも車道側を歩いた。

そうすることで、君に気に入られようとしていたのかもしれない。

ただ、そんなことだけで。

会話という会話もできなかった。

もう別々の学校になってしまったから何を話したらいいのか思いつかなかった。

共通する話題なんて存在していなかった。

友達や先生や部活のこと、

同じ学校に進んでいたら話題はたくさんあったはずなのに、

僕が思いつくことと言ったら、

中学校時代の思い出とテレビ番組のことしかなかった。

でも、

僕はただ君と一緒に歩いている、

手を繋ごうと思えば届く距離に君がいる、

ということだけで、よかった。

だから、黙っていても、それでよかった。

君は退屈だったかもしれないけれど。

歩き続けた先に何かがあるとか、

明日からのことや、

もっと先の約束や、

更に二人の未来なんて、

そこには存在していなかった。

僕にわかっていたのは、

ただ、今、君と二人でいる、ということだけだった。

横を歩く君が時々笑っていたことを覚えているけれども、

何を話して笑ってくれたのかは覚えていない。

僕は君を本当に笑わせることができていたのだろうか。

途中、歩き疲れてしまって、公園のベンチに座った。

しっとりと湿ったベンチに。

僕ら二人以外には誰もいない寂れた公園。

雑木林とたまにしか車が通らない道に挟まれた小さな公園には、

滑り台もブランコもなく、ただベンチと広場があるだけ。

どのくらいそこに座っていたのだろうか、

ずいぶんと長い時間だったような気がする。

ベンチに座って流れていく時間は、濃密なものだった。

文字通り世界には僕と君の二人しか存在しないという時間に思えた。

それは、

つまりこの先もずっとそういう時間だけが流れていくということを意味していた。

そんなことはあるはずがないのに、僕はそう思っていた。

現実は、辺りは確実に歩き始めた時よりも暗くなってきていて、

もう、帰らなくてはいけない時間が迫ってきていた。

だから来た道をまた歩いて引き返した。

どこかに行くあてがあったわけではないから、

そうすることが正しい選択だと思った。

このまま二人でどこかに逃げてしまおうなんて、

映画のワンシーンのようなことは思いつかなかった。

今思えば、冗談でも、このままどこかに行ってしまおうよ、

なんて言えたらよかったと思うけれど。

帰り道で一台の車が僕らの脇をゆっくりと追い越していった。

見覚えのある車、父の車だった。

僕は運転席の父と目が合ったような気がした。

でも、止まらずに父の車は過ぎ去っていった。確かに父だった。

何をしていたと思っただろうか?

女の子と二人で暗くなり始めた道を歩いていた僕を見つけて、

父はどう思ったのだろうか?家に帰ったら何か言われるだろうか、と考えた。

君には、それが父の車だとは言わなかった。

ただ、なんとなく、理由はなかった。

帰り道は一歩一歩がさよならに近づいていく。だから、ゆっくり歩いた。

でも、どんどん辺りは暗くなっていって、

横を歩く君の顔もよく見えなくなっていった。

僕は、今度、いつ会える、って何度も頭の中で呟いていた。

今度、いつ、今度、いつ。

君を家の前まで送って、

そこで実際に口にしたのは、じゃあ、またね、だった。

何の約束もない、またね、という曖昧な言葉。

君はただ頷いていた。

家に帰ると父は何も言わなかった。

あの車は確実に父の車だった、そして運転席の父と目が合ったというのに。

父が何も言わなかった理由は訊かなくてもなんとなくわかったつもりでいた。

初めて、父と僕が男同士だということを感じた夜だった。

じゃあ、またね、の約束から三年が経ち、

お酒を覚えたばかりの大学生の僕は駅のコンコースで君を抱き寄せていた。

同窓会から二人で抜け出して。

いいんだよ、大丈夫、とか言いながら酔いに任せて馬鹿な若者は君に口づけをした。

三年の月日が、僕らにもたらしたものをわかろうとはせずに、

ただ体が求めるがままに。

終電に駆け込むサラリーマンに冷やかされながら。

僕はそのまま電車に乗り、君は同窓会の会場へ戻っていった。

その時、別れ際に、またね、とか、じゃあね、とか言ったのだろうか、記憶にない。

そしてまたしばらく会うことはなかった。

社会に出て大人になったつもりの僕は、

君に会っても、もう前のようには心が乱れないと思っていた。

でも、それは違った。

僕は君の前ではいつまでも雨の季節に黙って歩き続けた僕でしかなかった。

大人になった君は、僕に笑いかけながら話をして、

肩を寄せ合って記念写真におさまった。

もう昔のことは忘れたよ、とでも言っているように。

でも、僕は忘れられずに覚えている。

もう戻れない日々のことを。

さらにずいぶん大人になって、僕はやっと君の手を握った。暗い海岸で。

砂浜を君の手を引いて歩いた。僕が握った手を君は握り返した。

そうすることが当たり前のように。

朝日を見ながら話をした。

遠くに過ぎ去った昔のこと、

目の前に横たわる今のこと、

見えない未来のこと。

その出来事が現実だったのか夢だったのか、

今となっては少し記憶が曖昧になってしまっている。

それはたぶん、僕にとっては夢のような時間だったから、そんな風に今は思う。

今度、君に訊いてみたい、

僕は君の手を引いて砂浜を歩いたよね?

朝日を見ながら話をしたよね?と。

君は何と答えるだろうか。

それは夢なんじゃない?と言うだろうか。

そう言われたら、僕も、そうかもしれない、と答えるだろう。

そういうことにしておくべき事なんだと理解したふりをして。

僕は君のことがずっと好きだった。

君はそのことをよく知っていた。

でも、その先にあるものはいつも曖昧なままで、

いつまでたってもそれは変わらなかった。

たぶん、この先もずっと、そうやって、時は流れていくのだと思う。

今、もし、君に会ったら、

僕はまたその手を握り、抱き寄せるかもしれない。

どこかに繋がる未来がないとしても。

また雨の季節がやってきて、僕は君と歩いた道を思い出している。

肌にまとわりつくような湿度と、しっとりと濡れている制服の感触。

握ることができなかった君の手と公園のベンチや僕らを追い越して行った父の車を。

雨の季節は毎年訪れるけれど、

もう制服なんて捨ててしまったし、

あの雑木林や公園も宅地に開発されてなくなってしまっただろう。

父は運転免許証を返納し車も手放したと言っていた。

君は、どうしているだろうか?

変わらずにいるだろうか?

僕は変わらずに雨の季節に君を思い出している。

そして、こう呟く、今度、いつ会える、と。






また今年も雨の季節が来ました。

そうすると私はいつもあなたを思い出します。

高校生になったばかりの頃の、はじめてのデート。

あなたと何の変哲も無い住宅地を歩いたことを。

雨ではなかったけれど、湿度の高い空気は私たちの制服をしっとりと湿らせていて、

あなたの匂いがした。

別々の高校になってしまったから共通する話題がなくて困った。

だから黙って歩いていた。でも、私は楽しかった。

なんだか笑っていたように思う。

あなたが何か面白いことを話してくれたわけではないというのに。

車が通り過ぎるたびにあなたは私を歩道側に寄らせてくれた。

男らしくみせていたのかなぁ。

手を繋いでもいいと思っていたのに、そうしなかったのはなぜ?

湿度で身体中が湿っていたから、

それでもよかったのかも、って帰ってから思ったりしたけど。

歩き疲れて座った公園のベンチは、

湿っていて制服に跡がついてしまわないか心配だった。

でも、構わずに座っていた。ずっと長い間。

あなたの隣にいられることが嬉しかった。

座っている間、他には誰も来なかった。

ベンチと広場しかない寂れた公園。

世界には私たちしかいないような気持ちになった。

これからずっと二人だけの世界。

少し淋しい気持ちもしたけれど、あなたと二人なら大丈夫か、なんて思ったりして。

でも、どんどん暗くなってきてしまって、また来た道を帰ることにした。

本当は、

このままどこか知らないところへ行ってしまってもいいのに、って思ったけれど、

そんな勇気は無かった。

それに、

あなたはせっかく良い高校に入ったんだからそんなことはしないか、って思った。

でも、どうだったのかな?

同じようなことを思ってくれていたらいいのに、というのが本心だった。

帰り道、二人の横を車がゆっくり通り過ぎて行った。見覚えのある車。

あなたのお父さんだった。見つかってしまって大丈夫かってドキドキしていた。

でも、あなたは何も言わずにただ歩き続けていた。

気がついていないわけないのに。

それからしばらく会わなくなってしまったのは、

お父さんと何かあったからなの?ってずっと訊いてみたいと思っていた。

本当はどうだったの?もう、そんな昔のことを訊かれてもね。

あなたは家の前まで送ってくれて、じゃあ、またね、って言って帰っていった。

でも、ずっと会えなかった。

またね、がいつまでもやって来ない日々を過ごした。

そうやって三年が過ぎてしまった。

私は少しだけ他の人を好きになったりしたけれど、

いつもあなたのことがぼんやりと頭に浮かんできてしまった。

またね、って言っていたあなたのことが。

大学生になったあなたは、私を乱暴に抱き寄せた。

はじめての口づけは、お酒の匂いがした。

沢山の人が行き交う駅のコンコースで、恥ずかしかった。

どうして、って思ったけれど、でも、いいや、とも思った。

それでも、そこから先はまた曖昧になってしまった。

あなたは別れ際に何も約束をしなかった。

私も会いたい気持ちを伝えられなかった。

そのことをずっと後悔していた。

あなたはやっぱり違う世界に行ってしまったんだと思ったりして。

それでも、私も社会人になって少しだけ強くなった。

あなたに会っても、表面上は平気でいられるくらいに大人になった。

一緒に記念写真に写ることも出来た。

あたかも昔のことなんて忘れたような顔をして。

その写真を見るたびに、私は情けなくなった。

本当は泣いてしまいたいくらいだったのに、

馬鹿みたいにピースサインとかしている自分が嫌いだった。

しばらくして、また少し大人になった頃、あなたに会える日が来た。

あなたは、私の手を引いて、砂浜を二人で歩いた。

初めて私の手を握ってくれた。

その手を私が握り返した時に、

あなたが嬉しそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。

夜更けにいろんな話をした。

懐かしい昔のこと、

どうにもなっていない今のこと、

明るいはずの未来のこと。

でも、それは朝日が昇ると全て夢だったような気持ちになった。

今でもよくわからない、夢だったのか現実だったのか。

あなたの手の感触は覚えているけれども。

今日もまた雨が降っている。

曇り空で部屋は薄暗いから、今が何時なのか時計を見ないとよくわからない。

三時くらいかもしれないし、もうずいぶん暗いから五時過ぎみたいな気もする。

だとしたら、もうじき夕食が運ばれてくる。

あなたは今どうしているのだろう。

二人で歩いた湿度の高いあの道を思い出していたりするのだろうか?

湿ったベンチや制服の匂いや、

通り過ぎていったお父さんの車のことを覚えているのだろうか。

私は、よく覚えている。

そして、

またこの雨の季節が迎えられて嬉しい。

あなたを思い出すことができて嬉しい。

私は今、こう願っている、

もし来年も雨の季節を迎えられたら、

もう一度、あなたに会いたい、と。







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# by ikanika | 2018-06-11 00:00 | Comments(0)


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