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なにも。





〜 なにも。〜






「あなたは、今日なにしてますか?」


「僕ですか?なにもしていません」


「なにも、って、なにも?」


「取り立てて説明するようなことはなにも、

 という意味でのなにも、です。

 朝起きて、顔洗って、歯磨きして、コーヒー淹れて、

 パン焼いて、目玉焼き作って、キャベツのサラダ作って、

 お風呂掃除して、観葉植物にお水あげて、

 という程度で、他には、なにも」


「それ、なにも、に入るんですか?

 私の中では、それは色々やってる部類に入ります。

 私は、朝からずっとベッドでゴロゴロしています。

 さっき、冷蔵庫にプレーンヨーグルトがあったので、

 直でスプーンで食べてしまいました。美味しかったです」


「直でスプーンで?

 なにもかけたりなにかと混ぜたりしないでですか?」


「はい」


「本当になにもしていないんですね。

 僕だったら、多分、いちごジャムかけたり、

 リンゴがあれば混ぜたりしたと思います。

 その方が断然美味しいと思います」


「いいんです、ヨーグルト本来の味を楽しみたいので」


「その、本来の味って、よく食レポとかでみんな使いますよね?

 なんですか?本来の味って?」


「なにもしないことだと思います。

 そんな程度で私は使っています。他の人は知りません。

 もっとポジティブな意味で使っているのかもしれませんが、

 私にはわかりません」


「きみの方がよっぽどなにもしていないことが判明しましたね、

 なので、僕のなにもしていない、という前言は撤回します。

 ごめんなさい。

 で、なんで連絡してきたのですか?

 何か用事があったんですよね?」


「いえ、特になにも」


「また、なにもですか?」


「はい、なにかないと連絡してはいけないのですか?

 ただ、なにもすることがなかったので、連絡してみただけです。

 何かしましょうよ?

 なにもすることがないので」


「いいですよ、でも、いま、この状態でなにが出来ますかね?」


「なんでも出来ますよ、今の世の中。

 なにも出来ないことなんてないと思えるくらいに

 便利になっていますから」


「例えば?」


「そうですね。この前、レコーディングしてました。

 有名な歌手が」


「レコーディングするんですか?僕たち」


「いえ、例えばの話です。

 例えば、って聞かれたからそう言ってみただけです。

 でも、私とあなたで、レコーディングするとしたら何がいいですか?」


「例えば、スピッツ」


「スピッツ、って犬ですよね?」


「そのスピッツじゃないです、バンドです」


「よく知りません、音楽のことは。特にバンド事情はなにも。

 私が知っているのは、バッハとかブラームスくらいです。

 あと、かろうじてショパンくらい。

 ベートーベンも知っています」


「それ、音楽の授業の話みたいですね。

 もしかして、そこで止まっているんですか?」


「止まっているってなんですか?

 音楽って進んでいるんですか?」


「まぁ、進んでいるのかどうかは知りませんが、

 たくさん他にも音楽ってありますよね、そういう意味で。

 最近、好きで聴いている曲とかないんですか?」


「音楽聞きません、なにも、私。

 別になくても大丈夫な体質なので、多分。

 だからスピッツは、犬しか知りません。

 でも、参考までにどんな歌を歌っているんですか?その犬は」


「犬ではないんですけど、四人組の男性バンドです。

 チェリー、とか、ロビンソン、とか、スパイダー、とか」


「カタカナばかりですね。

 スピッツチェリーロビンソンスパイダーですか。

 よく私にはわからない世界のように思います。

 それをあなたはレコーディングしたいのですね?」


「まぁ、よくカラオケで歌うので、そこそこ上手く歌える程度ですが」


「私、カラオケも行ったことないので、さらによくわかりません」


「一度も?」


「はい、一度も」


「じゃあ、他のことを考えましょうか。

 例えば、オンライン飲み会、みたいのはどうですか?

 最近よく耳にしますよね?あれ」


「いいですね、何飲みます?あなたは」


「僕は、とりあえずビール」


「私は、シャンパンで。で、これどこにオーダーするんですか?

 誰か配達してくれるんですか?このオンライン飲み会は?」


「いえ、違います。

 自分で用意して、パソコンの前で、飲むんです。

 なので、きみが今シャンパンを持っていないと成立しません。

 持っていますか?」


「持っていません。今、家にお酒はなにもありません。

 ダメですね、これ」


「はい、ダメです」


「いいですよ、あなただけビール飲んで。私はお水で大丈夫です」


「それ、つまらないと思います」


「そうですか?

 よく飲み会でも、私は、お水で、なんて言っている女子いますよね?

 それでも、みんな楽しそうにしているじゃないですか」


「それは、違う目的があるからじゃないですか?」


「違う目的?」


「はい」


「なんですか?その目的」


「なんていうか、ナンパ?」


「ナンパ、ですか?

 ナンパされにお水飲み会に行っているんですか?

 あの女子達は?」


「お水飲み会、って新しい言葉ですか?」


「知りません、今、つい出た言葉です」


「なかなかいいと思います、その、お水飲み会、って、

 オンライン飲み会に似てて」


「そうですか、ありがとうございます。

 ちょっと私、喉が乾いたんで、水飲んできます。

 待っていてください」


「わかりました」


「キッチン近いので、すぐです。

 お待たせしました」


「お帰りなさい、本当に早いですね。

 その部屋、どんな間取りになっているんですか?」


「多分、不動産屋さんの規定だと、1Kだと思います。

 でも、とても広いんです。全体は。

 全部繋がっているんで。子供のキャッチボールくらいはできます」


「でも、そことキッチンは近いのですか?」


「そうです、近くです。なので、全体を見渡す端っこにいる感じです。

 なにも置いてないので無駄に広いのかもしれませんけど、

 開放感が欲しかったので、気に入っています」


「いいですね。なんか今時な感じがします。

 リノベーションというやつですよね」


「そうだと思います。

 リノベーションとリフォームの違いが私にはよくわからないのですが、

 リノベーションの方が、今っぽいですから、

 そういうことにしておきます。

 ちなみにあなたの部屋はどんな感じですか?」


「僕は、一軒家です。古い。

 二階建てで、一階に八畳と六畳と台所、二階に六畳が二つです」


「一人でそんなに広い家に住んでいるんですか?」


「はい、でも。犬がいます」


「スピッツですか?」


「違います、雑種です」


「スピッツだったら面白かったのに、残念です」


「そうですね、気が利かなくてすいません」


「いいえ、大丈夫です。冗談ですから。

 雑種とミックスって、一緒ですか?

 いつからですかね、ミックスって言い出したの。

 昔はみんな雑種でしたよね」


「どうなんでしょうか?よくわかりません、僕には。

 でも、ちょっと違う気もします。

 厳密には知りませんが、

 ミックスって混ざり具合がわかっている気がします。

 うちのは、全くなにもわかりません。保護犬ですので」


「混ざり具合ですね、なんとなくそんな気がしますね。

 今度調べてみましょう。

 でも、その保護犬、可愛い気がします、なんとなく。

 なにも根拠はありませんし、みたことないですけど。

 ちなみに名前はなんですか?」


「ハーグです」


「ハーグって意味は?」


「特にないです。なんとなく語感で。

 あまり甘ったるいのは呼ぶのが恥ずかしいので、

 それで、声に出して考えました」


「声に出すのは、いいですね。

 実際、しょっちゅう呼びますからね、犬の名前は。

 私も今、ハーグ、って声に出してみました。

 割と大きな声で。いい感じです。

 お隣さんから、変に思われているかもしれませんが」


「そうですね、急に犬を飼い出したと思われてしまうかもしれませんね」


「それは、どうでしょうか?

 ハーグって名、犬だってわからないですよ、

 犬としてメジャーな名前ではないですから。

 ただ、ずっと家にいて頭がおかしくなったって

 思われるくらいじゃないですか。外出自粛で」


「確かに、そういう人、多そうですね。

 怖いですね。みんなおかしくなる前に、終わって欲しいですよね」


「もうだいぶ、おかしくなっているんじゃないでしょうか?みんな。

 ちなみにあなたは大丈夫ですか?

 おかしくなってないですか?」


「どうなんでしょうか?

 本当におかしくなっている人は自分ではわかんないですよね、

 そういうのは」


「確かに、そうですね。

 でも、このやりともおかしいかもしれませんから、

 あまり深く考えないようにしましょう。

 おかしくなっていたら、

 そのうち、誰かがお迎えに来るでしょうから」


「誰が来るんですか?」


「政府から派遣された、そういうのの専門の人でしょうか?

 そして、どっかの施設に搬送されると思います。

 私たちみたいな人ばっかりがいる」


「怖いですね。なんとか逃げ出しましょう」


「どこからですか?」


「施設です」


「外に逃げたら、まだウイルスいっぱいですよ、きっと。

 だから、施設にじっとしていてなにもしない方がいいと思います。

 怖いけど」


「どっちにしても怖いですね。

 怖い話は、やめましょうよ。楽しい話がいいです」


「わかりました。やめましょう。

 楽しい話ってありますか?私思いつかないんですけど。

 そんなに楽しい人生を送ってきていないので」


「人生って大げさですね。まだ若いのに」


「そんなに若くないです。本当は」


「本当は、ってどこかで嘘ついているんですか?」


「それは、ないです。履歴書もちゃんと書きました。

 でも、女の人って、なんだかんだ自分の年齢より若く見られたいんで、

 化粧とか洋服とかで、そんな風にしているんで、そういう意味で」


「確かに、男は逆ですね、

 大人に見られたいとか、年上に見られたいとか、

 頼り甲斐がありそうだって見られたいとかで、

 実年齢より上がいいですね。

 芸能人は違うかもしれませんが、

 郷ひろみ、とかって一体幾つなんでしょうかね?

 もう、孫がいる年ですよね、どう考えても」


「誰ですか?その郷さん、って」


「あ、知らないですよね、歌手です」


「ごめんないさい、私、なにも」


「大丈夫です。バッハとかですもんね」


「はい、そこ止まりで進んでないので。

 でも、郷、って変わった名前ですね」


「多分、芸名です。詳しくは知りません。

 僕も一般人の知り合いで、郷さんは、いません。

 西郷さんとかはいますけど」


「西郷さんと知り合いなんですか?

 あの西郷さんと関係ありますか?」


「どの?もしかして、せごどん、ですか?」


「はい。私、大ファンなんです、西郷隆盛。親戚ですか?その人」


「さぁ、どうなんでしょうか、

 関係があるかどうか聞いたことがないので、わかりません」


「今度、聞いてみてください」


「わかりました」


「できたら、オンライン飲み会とか、したいです」


「ほんとですか?その人、せごどんと関係があったとしても、

 あなたの好みの男性かはわかりませんけど」


「いいです。血が繋がっていれば」


「血ですか?」


「はい、血です。

 仮に、その血を受け継いだ子供を産んだとしたら

 すごいことだと思いませんか?西郷さんの血ですよ?」


「まぁ、そうですけど。かなり話が飛躍していませんか、それ」


「いいんです、人生何があるかわかりませんから。

 西郷隆盛の子孫産めるなんてすごいことです」


「また、人生ですか、人生好きですね」


「たまたまです。あなたは人生って言葉使わないんですか?」


「どうでしょうか、あまり意識したことないです。

 でも、使っているのかもしれませんね、なんとなく流れで」


「私の人生も流れです、なにも深い意味はありません。

 だから、あなたがいちいち人生に反応するのが、

 私としてはなんだか不思議です。

 たぶん、世の中の人、いっぱい人生人生って言ってますよ。

 特にこんなご時世なんで、この先どうなっちゃうのかなぁ、って、

 考える機会も多いですし。

 この先の人生、ウイルスと共存かなぁ、とか」


「共存できるんですかね、ウイルス?」


「できるんじゃないですか?

 私たち、いろんな菌と共存しているみたいだし、

 仲良く、というかうまく付き合えば、

 お互いそんなに干渉し合わないで、みたいに」


「人と、一緒ですね、その感じ。

 あなたは、人付き合い得意ですか?僕、イマイチ不得意で」


「そんな風に思えませんけど?

 カラオケ行くし、西郷さんと知り合いだし、犬飼ってるし、

 私なんか、なにもないですよ、ヨーグルト直食いだし、

 スピッツも郷ひろみも知らないし、オンライン飲み会やったことないし、

 私からすれば、社交的ですよ、断然」


「でもこんなになってしまうと社交的ってことが命とりですよね。

 人と交わらないことが推奨される世の中なんて、

 想像してなかったですよね」


「そういう意味でいうと、私、いい感じなんでしょうか?

 時代に合っているというか」


「まぁ、そうとも言えますけど。

 ずっとこのままだと、社会全体が破綻してしまうかもしれないので、

 いいとも言えませんが」


「そうなんですかね?社会全体が変わればいいじゃないですか?

 ウイルス共存社会に」


「もっともらしい言葉ですね。それ」


「ありがとうございます。具体性のない言葉ですけど。

 ニュースのコメンテイターみたいな人が言う」


「はい、言いそうです。僕、思ってるんですけど、

 『今の東京は二週間前のニューヨークです』って

 煽っていた人、今、どうしてるんですかね?」


「言ったこと忘れてますよ、きっと。都合よく。

 そういうものですよ、気にしなくていいです。

 それより、私、自粛生活が終わることが怖いんです」


「なんでですか?いいじゃないですか」


「だって、なにもしないでいつもこんな風なんで、

 自粛生活の実感ないんです、実は。いつも通りで。

 だから、正々堂々となにもしないでいられたのに、

 自粛しなくていいってなったら何かしないといけないじゃないですか」


「別に、いいじゃないですか。いつもそうなら、そのままで。

 なにかしなくちゃいけないならすればいいだけで、

 なにもしなくてやっていけるんならそれはそれで」


「でも、世間の目が」


「見えてませんよ、みんな。テレワークとかになって、

 さらに分断されてますから、みんながなにしてるかなんて

 本当のところは、なにも。コロナ分断社会ですから」


「それ、私のウイルス共存社会に対抗してます?」


「まぁ、なんとなく」


「でも、あなたと私、

 そもそも、なにもしてない、のなにも、

 の解釈がずいぶん違っていたので

 あなたのいうこと信じていいのでしょうか?」


「確かにそうでしたね。

 お互いのこともっと知らないとですね。

 いくら分断社会と言えども。

 僕もあなたのことを全然、

 というかなにも知らないと思いますし」


「あなたは、私のことを知りたいんですか?もしかして」


「はい。だから、こんなやりとりしているんです」


「なるほど。じゃあ、いいですよ、なんでも聞いてもらって。

 なにも隠し事はないんで」


「なにも?」


「はい、なにも」





おわり。


# by ikanika | 2020-05-21 09:37 | Comments(0)


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