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「走る君を、見ていた」連載第三回

 三学期の終わりに、来年の出場競技を決める参考のための合同記録会が開かれる。亮二の通う中学校以外にだいたい十校くらいが毎年出場し、正式な大会ではないのだが、各競技の入賞者は表彰もされる。主な目的は、自分が来年メインで出場しようと考えている競技でどのくらいの記録が出せるのかを計ることで、この大会の記録がそのまま県大会への出場を左右したりするものではない。とは言え、この大会である程度の見込みのある記録が出ないと、今から出場競技を変えたりしないといけなくなるので、それなりにきちんと取り組まないと面倒なことになる。亮二は、前から山岡先生に言われていた通りハードルへの出場を決めていて、どうなるかわからなかったリレーには、やはり一つ下の学年の高垣が出場することになった。亮二がリレーに出場しないことを知った由梨は、予想通りちょっと不機嫌に「どうして?」と誰にというわけでもなく納得できないという意思表示をしていた。その理由がなんなのか正直、亮二には依然として分からなかったが、亮二としては別にハードルで記録を出せばいいと思っているのであまり気にしないことにして大会に臨んだ。

 大会当日は、明け方までの雨が上がったばかりで湿度の高い朝を迎えた。中止なのではという心配をして山岡先生の自宅に問い合わせが殺到したらしく、朝早く連絡網で、予定通りに行われるという連絡が亮二の家にもあった。亮二の出場するハードルの予選は午後からだったので、ゆっくり起きればいいと思っていたのだが、その連絡網の電話で起こされてしまった。なので、下級生と午前中から予選のある由梨たちと同じ電車で競技場に向かうことにした。午後から行くと前日に伝えていた亮二がみんなと同じ時間にホームに現れたので、「なんでいるの?」とみんなが口を揃えて訊いてきた。亮二はなんの意図もなく正直に「連絡網で起こされたから」と答えていると、松川が意味深な顔をして「ほんとぉ?」と亮二の顔を覗き込んで来るので「ほかに何か理由があんのか?」と逆に訊き返してみた。すると松川は何か言いた気に、チラッと少し離れたところにいる由梨を見てから「別に」と言ってその会話は終わった。電車を降りたところで由梨と並んで歩く格好になった。

「りょうくん、来たじゃん、朝から。早起きはやだって言ってたのに」

「連絡網で起こされた」

「また、寝ればよかったじゃん」

「でも、後から一人で行くのもつまんないし」

「よかった」

「何が?」

「応援してもらえるから」

「予選は余裕じゃん」

「そういうんじゃないの」と言うと、由梨は早足で他の女子のところへ紛れていった。記録は、ほとんどみんな予測通りの結果に終わり、亮二も見事一位を獲得し賞状をもらい、由梨も二種目で入賞、一つは一位で大会新記録を出した。加えて今まで入賞をしたことがない長森が百メートルで三位という好記録を残し、白石小百合との別れが原動力か?と帰りの電車でみんなに冷やかされて、それを「男は、女がいない方が強くなる」とやせ我慢なのか本当にそう思っているのかよくわからならいコメントをしていた。亮二としては、白石とのことをそんな風に言えるように長森が立ち直ってくれたことが嬉しかった。翌日の朝礼で、大会の入賞者が全校生徒の前で表彰された。入賞者全員となるとさすがに人数が多かったので男女一名ずつが代表で壇上に上がり校長先生から表彰状をもらった。一位になったのは亮二と由梨だけだったので、二人が代表して壇上に上がった。先日の八百屋の田中の件があったので亮二は由梨と二人ということを今まで以上に意識してしまってなんだか恥ずかしいような、なんとも言い表せない気分で表彰式を終えた。案の定、教室に戻ると田中が、「やっぱり、亮二と由梨はいい感じだよな」というような話をみんなにしていて、亮二は聞こえてはいたのだけれど関わるのも厄介だと思って完全に無視をしていた。由梨も同じように、この前の件があってから田中の言葉にいちいち反応するのも馬鹿らしいと思い聞こえないふりを決め込んでいるようだった。

 三年生が卒業し、最高学年となった春休みの部活の練習はどことなくリラックスした毎日が過ぎていった。実質、年末から三年生は参加していなかったのだが、先輩が学校にいるのといないのとでは心の持ちようが全く違った。自分の練習に口出しをするのは、顧問の山岡先生しかいないので、マイペースで黙々と練習が出来た。ハードルをメインにしているのは亮二ひとりなので、練習の間は、自分の世界に没頭出来て、遠くから由梨が走る姿をぼんやり眺めたりしているのは、なんとも言えない心地よさがあった。

 短い春休みが終わると新学期だ。クラス替えで由梨とは違うクラスになることもあると考えると、少し憂鬱になったりもするのだが、一方で、亮二はなんとなく三年生になってもまた、由梨と同じクラスになるような気がしていて、それは、願望というよりも、どちらかと言うと確信めいたものだった。なぜかと問われても明確な理由がないのだけれど、またこの先一年間、卒業まで由梨と同じクラスで今まで通りに過ごすということが当然であるという風にしか感じられないのだった。

 始業式の当日に張り出された新しいクラスの名簿には、亮二の予測通り、E組に由梨と亮二の名前が記されていた。二年生の時と同じクラスになった女子は由梨以外に二人しかいなかったことを考えると由梨と同じクラスになったことはかなりの偶然ではあるのだけれど、亮二は特別驚きもせず、ただほっとして名簿を眺めていた。

「また同じクラスだね」と声を掛けてきた由梨も、そんなに驚いている風でもなくどちらかというと、当然だよねというような表情をして、

「今年も、よろしくね」と亮二を見上げて、いつものように微笑んで言った。

「うん、よろしく」がややぶっきらぼうに答えると

「嬉しくないの?」と由梨は真顔で聞いてきたので

「いや、嬉しい」と亮二は慌てて答えた。

「ほんと?全然そんな顔してないよ、またうるさいのと一緒かぁ、とか思ってるんでしょ。どうせ」

「そんなことないって、よかったよ、高木と一緒で」

「私は、絶対一緒になるような気がしてたの。だから、全然、驚かなかったわ。どちらかというと間違えて違うクラスになんかになってたら、先生に言おうかと思ってたくらい」

「間違えて?」

「だって、りょうくんと一緒じゃない三年生なんておかしいじゃん」

「でも、そんな個人の希望でクラスが決まるわけじゃないんじゃない?」

「じゃあ、一緒じゃなかったらどうした?」

「・・・。俺も同じクラスになるような気がしてた」

「えぇー、別に話合わせてくれなくてもいいよ。そんなこと絶対考えてないでしょ」

「マジで」

「でもさ、ヤオちゃんも一緒だよ」

「うん、うるさいからなぁ、あいつ」

「ほんと」と由梨と話していると遠くからヤオちゃんこと八百屋の田中がでかい声で「リョウジー!」と叫んで寄ってきた。

「また、一緒だよ、俺ら」と言って亮二と由梨を順番に見て、

「高木、亮二と一緒で嬉しいだろ?」とまた余計な一言を言って、由梨の心象を悪くして、三年生のスタートをきった。


 四月に入学してきた一年生たちは、部活を決めるにあたり、正式な入部の前にいつくかの部への体験入部をすることができ、陸上部にもたくさんの入部希望の新入生がやってきた。陸上部の人気の秘密はそのジャージにある。学校指定のどこのメーカーだか分からない冴えないジャージとは別に、陸上部に入るとアシックスのジャージが支給され、それを体育の授業の時でも着ることが出来るのだ。校舎から体育の授業を眺めるとアシックスのジャージはとてもオシャレでカッコよく見えて、そのジャージに惹かれて毎年かなりたくさんの体験入部の一年生がやってくる。しかし大抵が走ってばかりいる練習に一週間もすると飽きてしまい、バスケ部やサッカー部といった球技の部活へ流れていく。しかし、今年は例年よりも多く十一人の新入部員が残った。女子が四人、男子が七人という内訳だ。でも、その一年生には夏休みが終わるまではアシックスのジャージは支給されない。例年、夏休みが終わる頃には、五、六人にまで減るので、それまで残った新入部員にだけ、晴れてアシックのジャージは支給されるのだ。自分たちが三年生になってみると一年生というのはなんて幼いのだろうと亮二は思った。体も小さいし、特に男子の方が幼く見えて、足の骨なんかすぐにポキっと折れてしまいそうなくらい細かったりする。亮二が個人種目としているハードルは一年生の正式種目にはなく、二年生からの種目だったので、一年生の指導をすることはなく、黙々と一人で練習する亮二を一年生はある種、畏敬の念を抱いて見つめていた。長森や由梨は、一年生と一緒に百メートルや八百メートルの基礎練習をやったりして、指導的役割をしていたが、一年生と接する機会がほとんどない亮二は、一年生の間では、自然と別格扱いされていて、近寄りがたい存在になっていた。一年生の女子などは、亮二と言葉を交わすことは、まるでテレビに出ているアイドルタレントと話をするのと同じくらいドキドキするなどと言い出している状態になっていた(これは、由梨があとで教えてくれた)。

「りょうくん、もう少し一年生に声かけてあげたら?」と由梨は練習が終わって教室に戻ると声をかけてきた。

「なんで?」

「みんな、喜ぶと思うよ。亮二先輩と話がしたい、ってみんな思ってるもん」

「話しかけてくればいいじゃん、俺は別に避けてなんかいないよ」

「わかってないなぁ。それができないんじゃん、一年生なんだから」

「そうか?」

「決まってるじゃん、そんなの。一年生からなんて話しかけるの?先輩って怖いんだよ、ただなんとなく。それにりょうくん、無愛想だから」

「怖いか?俺」

「怖い」

「なんで?」

「だって、同じ三年の女子でもなんとなく話しかけちゃいけないみたいな空気があるって言うんだよ。一年生なんて絶対無理。ムリムリ」

「なんだよ、それ?ムリムリって」

「あたし以外の女子ともあんまり話ししないし」

「そうか?」

「別に、他の女子と仲良くしてほしいって言ってるんじゃないよ」

「じゃあ、なに?」

「だから、一年生に話しかけて、なんでもいいの。頑張ってるね、とか、おはようとかだけでも」

「なんか、偉そうだなぁ、それ」

「何言ってんの?偉いじゃん、三年だよ。それにハードルで一位でしょ?一年生にとっては雲の上の存在だよ」

「由梨だって、一位じゃん」

「あたしはいつも一緒に練習して、話してるから一年生のことがわかるの。亮二先輩と高木先輩、仲良いんですか?ってみんな訊いてくるの。それって、りょうくんのこと聞きたいからなの」

「じゃあ、教えといてよ、由梨が。俺はみんなのことを避けてるわけじゃないから、話しかけてくればいいじゃん、って言ってたよって」と亮二は少し意地悪く言った後、由梨の目を覗き込んだ。

「意地悪」と言いて由梨は泣き出しそうな顔になって俯いたまま黙り込んでしまった。亮二は、どうしたらいいのか分からなくなってしまって、とにかく近くにいて由梨の機嫌が治るのを待った。ようやく由梨が顔をあげたので、亮二はすかさず

「わかった、一年生に話しかける。明日から絶対。まずは、おはようからでいい?」

「でも、明日は朝練ないよ」と由梨。

「じゃあ、こんにちは、か?」

「変だよ、それ。りょうくんから挨拶してるみたい」

「だよね」と言った亮二を見て由梨はいつものよう笑ってくれたので、亮二はほっとして

「帰ろうよ、遅くなっちゃう」と言って二人は教室を出た。

校門の前の通りで由梨と「じゃあね」と言って別れてから、薄暗いに街灯に照らされた帰り道を歩きながら、亮二は由梨の目に浮かんだ涙を思い出しては、胸の奥の方がなんだか苦しくなってくるのをどうすることも出来なかった。(続く)



by ikanika | 2017-08-10 21:03 | Comments(0)


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