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一人の居場所#22~#29

一人の居場所 #22

ある新しい朝
遠くの空にオレンジ色の太陽が昇る
空気は冷たく
きみの息を白くし 僕の耳たぶを赤くする

もさもさと毛布から這い出たきみは
そのままストーブの前にしゃがみこむ
まだ冷たい水道で顔を洗う勇気はないし
お湯で洗うとカサカサしてしまうしとぼんやり考える

コーヒーを淹れるために僕はお湯を沸かす
やかんの湯気が冷たい耳たぶを溶かし始める
二人分には少し豆が少ないかな
今日買いに行かなくてはいけないな
とぼんやり考えながら豆を挽く

オレンジ色の空に少し青が足される
鳥が目を覚ましスピードを上げて飛んでいく
一日の始まりはいつも
僕らに与えられた自由は無限のように思える
たとえきみが明日遠くへ行ってしまうとしても

ストーブの前のきみは、すっくと立ちあがりこう言う
「コーヒー豆、買いに行かなくちゃね」


20140106




一人の居場所 #23

その年老いたピアニストはラブソングが得意だった。
恋をした女性に上手に気持ちを伝えられなかったから。
『もし、恰好よく口説くことが出来ていたら、
ピアノなんかに向かわなかっただろうよ。
だって、冷たい白黒の鍵盤なんか叩いているより、
彼女の手を握っていた方がどれだけ気持ちいいか想像してみなよ。
女の手を握れない奴がピアノなんかを弾くんだよ。
でもな、鍵盤を前にすると、目の前にそのきれいな女性が現れるんだ、
それで曲をつくるんだから全部ラブソングさ。』


その年老いた詩人は、まるでラブレターを書くように詩を紡ぐ。
16歳の時、好きだった隣の家の男の子が引っ越してしまったから。
『だって、今みたいに携帯電話とかない時代でしょ。
だから、毎日手紙を書いたの。
そう、ほんとうにどうでもいいような話題よ、
庭のブルーベリーの実を鳥が全部食べてしまったとか、
裏の池に誰かがワニを放してしまって、警官が五人がかりで捕まえたとか、
そんなようなこと。全然ロマンチックじゃないの。
でもね、ペンを持って紙に向かうと
まるで彼が目の前に居るような気持ちになるの、それが恋ね。
だから、ワニの話だってわたしにとってはラブレターみたいなものよ。』

たぶん、世界の大半は、上手くいかない恋で出来ているのかもね。


20140301




一人の居場所 #24

愛すること
信じること
生きること
抱きしめること
そばに居ること
笑うこと
夢みること
歩き続けること
忘れないこと
変わらないこと
見守ること
待つこと
祈ること
そして、
静かに眠ること

すべては、きみのため



20140530





一人の居場所 #25


今日は一日中雨。
空も地面もきみの髪も
深海から引き揚げられた魚のように
じっとりと濡れている。
きみは髪がまとまらないと少し困り顔。

今日は久しぶりの晴れ間。
風がきみの髪をなびかせ、
光が頬を照らすと眩しそうに目を細める。
きみは日に焼けてしまうと少し困り顔。

雨も太陽もきみの味方ではないようだ。

再び今日も一日中雨。
きみはお気に入りの長靴をはいて、
まるで小学生みたいに、わざと水たまりを歩いていく。
なんだか気持ちがいいと上機嫌。

夏の日差しが照りつけ始めた日、
きみはつばの大きな麦わら帽子と
風に大きく靡くスカートをはいて
自転車で疾走してくる。
風が気持ちいいと上機嫌。

どうやら、いつの間にか雨と太陽と仲良くなったみたい。

20140608






一人の居場所 #26

あの夏、ぼくらは白いボートに乗って南の島へ渡った。
宿の老婆は「島は初めてかい?」と日に焼けた笑顔で迎えてくれた。
すこし癖のある味付けのごはんと強いお酒を飲んで
島の一日はゆっくりと過ぎていった。
夜の砂浜は沢山の星が輝き、月の光が海に轍を作り、
ぼくらは黙って海辺に座り、
少しだけ遠い未来のことを考えていた。

朝から強い日差しが照りつけ、
木陰からは一歩も出ずに一日が過ぎる。
夜になるとぼくらは、小さな島の隅々まで探索した。
誰もいない小さな学校のプールを見つけて、こっそり忍び込んだ。
きみは、仰向けになってぷかぷかと浮いたまま夜空を見つめていた。
水が苦手なぼくは、プールサイドに腰掛けて、足をバタバタさせて、
揺らめくプールの水面をぼんやり見ていた。

「ねぇ、明日帰るんだよね?」ときみは水に浮かんだまま言う。
「うん。」
「帰ったら、また、一緒かなぁ。」
ぼくは、彼女の言う、“一緒”の意味が分からずに、少し戸惑う。
「一緒、って何が?」
「いままでと同じ毎日がまた来るのかなぁ、ってこと。」
「...そういうことか。たぶん、そうかも。」
「このまま、一生ぷかぷかしてらんないもんね。」

「でもね、一緒じゃないこともあるかもしれない。」
「たとえば?」

その夏、ぼくは少しだけ未来のことが見えはじめた気がした。

20140722








一人の居場所 #27

ある日突然、
そう遠くない未来に別れが訪れることを告げられる。
たぶんとか、もしかしたら、とか、
曖昧な言葉が入り込む余地の無い事実として。
何の準備もない別れを前に、
僕らは何も言葉を持つことが出来ない。
その事実を受け入れる為に
ただ必死にもがくくらいしか出来ない。

それでも、その未来は容赦なく近づいてくる。
そして、今さら僕らは気付くのだ。
あなたと過ごした日々が
どれほど今の僕らの糧になっているのかを。
それでも、僕らは、
あなたへの言葉を持つことが出来ない。
何かを口にすれば、
それは、別れを事実として受け入れてしまうことになってしまうから。
未来はいつまでも未来ではないことを知っているとしてもだ。


20140909



一人の居場所 #28


夏の名残りを感じる間もなく秋風が吹きはじめ、
金木犀が香り、夕暮れが早くなる。
深まりゆく秋は、夏の記憶を遠くへ押しやり、
やがて訪れる次の季節への準備をはじめている。

季節に取り残されているように感じるのは、
夏にやり残したことがあるからなのかもしれない。
木々の葉が落ちてしまう前にきみに会いに行くことにする。
この夏に伝えたかったことがいつまでも消えずに残っているから。

今ならまだ間に合うといいのだけれど。

20141007



一人の居場所 #29

きみは過ちを指摘される
でも素直には受け入れられないでいる
反論をしてみても
なんだか言い訳めいていると感じている
進んでいる方角がどちらを向いているのか
はっきりとは分かっていない
その居心地の悪さは
どこかで何かを間違ってしまっているからだ、と
薄々感じている
引き返せる場所があるならば
そこまで戻りたいと思っている

そういう自分と冷静に向き合うことが出来るようになった頃には
大抵の物事が手遅れになっていることに気付く
積み重なった沢山の手遅れの上を歩いている

大切なのは少しずつでも軌道を修正する勇気をもつこと
過ちを無くすことなど僕らには到底出来ないことなのだから


20141103
by ikanika | 2015-01-07 11:14 | Comments(0)


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by cafeikanika

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