揺らぐポートレイト  連載第六回(最終話)

 完成した肖像画は、七瀬さんのインテリア取材の時に渡すことになった。そうすれば、勝間さんも七瀬さんも見れるし、と柿原さん自らが言っていた。そうなると、そばかすの少女とメガネ美人の少女は、揃うことになる。美苗の絵も持っていけば三枚を同時に見ることが出来ると思ったが、美苗の絵を持っていくもっともらしい理由が見つからず、断念した。七瀬さんの豪邸の取材は結局巻頭十二ページでの扱いになったそうで、朝から撮影をはじめても、自然光があるうちにギリギリ終わるかどうかという感じだとカメラマンの勝間さんが言っていたので、雪仁と美苗は、日が暮れる頃に顔を出すことにした。七瀬さんには撮影に立ち合うと言っていたが、下見の時点でみんなかなり打ち解けていたので、わざわざ行くこともないだろうと雪仁は判断した。絵を持って七瀬さんの家を訪ねると撮影はすでに終わっていて、三人はダイニングテーブルに座って談笑していた。到着するなり、勝間さんが「早く早く!見せて」と焦って、急かしてくる。

「俺、次があってもう出ないといけないから、早く」と、柿原さん本人を差し置いて見ようとする。多分、七瀬さんの例があるので、クラス一番のカワイイ子が出来上がっているのを期待してのことだろう。しかし、まずは柿原さん本人が先に見るべきであるのは間違いないので、焦る勝間さんを制して、柿原さんに見せようとすると、

「いいですよ、勝間さんに先に見せて。本当に時間ないみたいなので」と言うので仕方なく勝間さんに最初に見せた。

「おー、いやー、カワイイ」と野太い声で勝間さんは唸った。

「雪仁さんの妄想炸裂だ」と勝間さんが言うと、柿原さんが

「そばかすあるでしょ、それ、雪仁さんの妄想なの、冴えてるでしょ」

「教えてないのに?」

「そう、もしかしてそばかすありましたって聞いてきて」

「すごいなぁ、雪仁さん。あっ、俺、もう行きます。ありがとうございました。七瀬さん、美苗さん、雪仁さん。じゃあ、麻理、後で」

と言って、急ぎ足で出ていった。

「いま勝間さん、麻理、って言ってましたよね?」と雪仁は、柿原さんに尋ねる。

「いまさら、何言ってんの雪仁。ふたりつきあってんだよ、知らなかった?」

「そうなの?みんな知ってた?」

「あたしは、すぐピンと来たよ。下見の時」と美苗が言うと、七瀬さんも「私も」と、さらっと言う。雪仁だけが今日の今日まで知らなかったことになる。

「わかってるんだと思ってた、雪仁も」

「いや、全然。他人の彼女の中学生時代を妄想してたってことか。ヤバい人だよ」

「柿原さん本人からの依頼で、彼のいる前で頼んだんだから大丈夫。でも、また自分の好みを反映させてるの?」と美苗は意地悪く言う。

「また、って、ね。妄想で描くんだからある程度は仕方ないよそれは。了承済みでしょ」

「冗談よ、いいから早く柿原さんにお見せして」

「どうぞ」と雪仁はくるりと絵を回して柿原さんに渡した。柿原さんは、しばらくニヤニヤしながら眺めた後、「カワイイ」と一言つぶやき、雪仁を見て「冴え渡る妄想」と言った。

「髪、所々薄っすら茶髪。ほんとにこんなだった。顔がハーフっぽいからって美容室のお姉さんが試しにちょっと茶色くしてみていい?似合うと思うから、って言われて、なすがままに。そしたら、なんかヤンキーみたいになっちゃって、慌てて戻してもらったの。でも、光のあたり具合で薄っすら茶色く見えたりして、先生からも問いただされたり、意地悪な男子は、ほんとうは金髪だろ、とか言ってきて。最悪な思い出」

「あっ、ごめん。そんなこととは知らずに」

「いえ、謝らなくても、全然。今となっては、懐かしい笑い話だから。そばかすも懐かしい。いったいいつ消えたのか記憶にないの」

「やっぱり、あたしも。あたしは、中学生の時はもう消えてたけど、小学生の頃の写真を見るとみごとにそばかすだらけ」と美苗と柿原さんが話をしていると、さっき席を立ってキッチンに行っていた七瀬さんが戻ってきて、

「みなさんは、お時間大丈夫ですよね?簡単ですけど、ごはん用意してあるので、食べていってください」と、キッチンから次々と料理を運んできてくれた。テーブルの上はあっという間にホームパーティーのようにご馳走が並んだ。

「香津海、さすがだわ。やっぱりいい奥さんになる」と美苗は前に来たときと同じことを言って、

「遠慮なく。柿原さんも。香津海の料理、美味しいから」とみんなにお酒を注いだ。雪仁は、女子会に一人混ざってしまったようなこういう状態を特に居づらいと思ったことはなく、逆に男ばかりの飲み会の方が、下品でつまらないと思っている。その日も、女子トークをさらりと聞き流すとこは聞き流し、七瀬さんの料理を堪能した。女子三人は、結構ワインを空けていて、美苗もいつになくお酒が進んでいるようだった。

「ちょっとお願いがあるんですが、七瀬さんのと二枚並べてみていいですか?」と雪仁はさらっと、これといった意図はないという風に言ってみた。

「そうね、雪仁画伯の展覧会ね。あたしのも持って来ればよかった。そしたら三枚揃ったのに」と美苗は少し酔っているようだった。

「いいですね」と柿原さんは、自分の絵を壁に飾ってある七瀬さんの絵の横に並べて見せた。

「どっちもかわいい」と酔った美苗が言う。

「二人ともずるくない顔になってますか?」

と雪仁は尋ねる。

「確かにそう、ずるくない顔だ」とまた美苗。

「ほんとに三枚並ぶと面白かったかも」と七瀬さんは、いつもの小さな声で言う。

「ちょっとかわってください」と柿原さんは、自分の絵を雪仁に渡して、二枚を眺めた。

「うん、ずるくない顔、いいですね、今度、美苗さんのも見せてください」と柿原さんは美苗に言葉をかけたが、ほとんど酔って寝ている状態だったので、雪仁が代わりに、

「ぜひ、どうぞ」と答えた。

「雪仁さん、ありがとうございます。家に帰って早速飾ります。何かお礼を。どうしたらいいですか?」と柿原さんが言うので

「いえ、大丈夫です。ただ楽しんで描いてるだけなので、ほんとに」と雪仁は答える。

「私もお礼、まだです、ごめんなさい」と七瀬さんもいつもの小さな声で言う。

「七瀬さんは、ごはんご馳走になってるし」と雪仁が二人の申し出を断っていると、

「雪仁、じゃあ、二人にクロール教えてもらえば」

と美苗が冗談なのか本気なのかわからないことをほぼ寝言のようにぼそっとつぶやき、

さらに「正夢ね」と、付け足した。

雪仁は、二人にクロールを教わったからと言って、現実が書き換わる訳ではないのはわかっているのだけれど、

美苗の「正夢ね」というひとことが引っかかって、じゃあ、教わろうかな、なんていう風に簡単には答えられなかった。

 帰り道、美苗はさっきの「正夢ね」という発言はもう忘れてしまっているかのようだった。

「茶髪の話、びっくりしたね」と美苗。

「ほんとに。やっぱり、浜のマリー、は居たね」

「ほんとだよ、柿原さん、本物のヤンキーだったらどうする。美容室の話も実際は金髪にしてたのを学校で注意されて、仕方なく黒くしにいったとか」

「そっちの方が、よくある話ではある」

「だよねー、どうする、私のヤンキーの過去を暴きやがったな、雪仁。覚えてろ!って、昔の舎弟とか集めてしばきにきたら」と美苗は大笑いしながら雪仁の肩をパンパン叩いてくる。ちょっと酔っているのか、かなり上機嫌だ。

雪仁は、「まさか」とつぶやき、美苗の手を握って家まで帰った。その間ずっと、「正夢ね」という美苗の声が耳から離れなかった。

 クロール美人の正体が七瀬さんと美苗とわかってからは、ジムのプールの神秘性はなくなってしまい、どこか魅力が薄れてしまったように雪仁は感じていた。もともとそんなものは存在していなかったのだからプール側からすると何も変わってはいないのだけれど。ただ雪仁の気持ちの問題でしかないのだ。今まで通り、ただクロールの練習に励めばいいのたが、どうも身が入らない。そして美苗の「正夢ね」というひとことがいつまでも気になっている。

「結局、あの二人は雪仁にお礼をすることになったの?」と朝のコーヒーを飲みながら美苗は、尋ねる。

「美苗は、あの日のこと、どこまで覚えてる?結構飲んでたけど」

「柿原さんとそばかすの話をしていた。で、何かお礼をといって、雪仁がいいです、大丈夫ですって断ってた、あたりまで」

「そのあとは?」

「なんか、手繋いで帰ったよね」

「あまりにもふらふらしてたから」

「あたし、なんか失礼なこと言ってなかった?二人に」

「いや、大丈夫だよ」

「なら、よかった。記憶なくすの怖いね、ちょっと飲みすぎたね」

美苗は、二人にクロールを教えてもらえば、と言ったことと、正夢ね、と言ったことは覚えてないようだけれど、だとしたら、それが、美苗がほんとうに言いたかったことなのかもしれないと雪仁は思った。美苗の心の内にあるものの正体を、少しだけ覗き見てしまったように感じた。

 明け方に夢を見る。いつもの夢だ。いつものプールに浮かんでいるといつものように飛び込み台に女の子が座って、白いスカートから伸びる細い足をぱたぱたさせている。でもそれは片想いの女の子ではなく、美苗だった。

「どうしたの?」と僕は聞く。

「あたしは雪仁にクロールを上手く教えられないね。いつまでたっても上手くならないのはあたしのせいね」

「ごめん、僕がちゃんと練習しないからだよ、美苗のせいじゃない」

「誰か他の人に教わる?七瀬さんとか柿原さんとか?」

「なんであの二人に?」

「だって雪仁は、二人に絵を描いたよね。代わりにクロールを教えるという約束じゃない?」

「その約束は、美苗としたからもう大丈夫」

「でもクロールは上手くならないよ、きっと。それでもいいの?」

「練習するから大丈夫、練習するから大丈夫」と言って目が覚めた。

隣で寝ていた美苗は、

「なんの練習するの?」と普通に聞いてきた。雪仁も

「クロール」と普通に答える。

「夢でも泳いでるの?熱心ね」

「僕、なんて言ってた?」

「練習するから大丈夫、練習するから大丈夫、って二回」

「それだけ?」

「うん、それだけ。どんな夢だったの?」

「えーと、とにかく練習しないとヤバイって夢」

「誰かに脅されてるとか?正夢にならないといいね」

「そうだね、脅されるのは嫌だ」

「今朝も泳ぎに行く?それとも、もう起きて朝ごはん食べる?早いけど」

「ごはんにしようかな、コーヒー淹れるよ」

「練習しなくていいの?また寝言いうよ」

「大丈夫、練習するから」と言って、雪仁はベッドから抜け出しキッチンへ向かった。


(終わり)



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

あとがき


『二人の居場所』から始まった一連の短編は、ここで一旦終わります。

『二人の居場所』と『季節のリレー』はカフェが舞台として登場しますが

後半の二作『走る君を、見ていた』と『揺らぐポートレイト』は

それぞれに関連性はありますが、カフェという舞台から一度離れています。

遠い昔の中学生時代とカフェを始める前にやっていた音楽関係の仕事をしていた時代が

それぞれの舞台となっています。

結局、自分が歩んできた道から物語が生まれてきているので

読み返してみると登場人物に自分の思いをかなりの部分投影していることに

気づきます。(誰に投影しているかは、ご自由にご想像ください)


自分がどこまで何が書けるのか試してみたいという思いから

始めたことですが、今のところ、書くことが楽しいので

まだしばらくは書き続けていくような気がしています。

楽しみにしていると言って下さる皆さんには、

この場を借りて、改めてお礼を。

ありがとうございます。


次に今書いているのは、再び舞台はカフェになっています。

カフェに集う様々な人の物語を、それぞれの視点と立場から

ランダムに描いています。物語は現在進行中ですので

完成まではもう少し時間がかかるような気がしています。

書き上がりまで、しばらくお待ちください。


今回もお付き合い、ありがとうございました。


cafeイカニカ

平井康二






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# by ikanika | 2017-09-16 22:50 | Comments(0)


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