【連載】二人の居場所 第七回(最終話)

 待ち合わせの水曜日は、朝から雲ひとつなく晴れていた。外出する予定は無く、午前中に簡単な原稿の校正を済ませて約束の三時を待った。少し早く行ってカフェでランチをしようと思い、ご飯の取り置きのお願いの電話をした。

「鈴本ですが」と言ったが、マスターはピンと来ていないようだったので

「あ、里夏です」と言うと

「里夏さん、鈴本だったね、ごめんごめん」

と、分かってくれた。ご飯の取り置きをお願いすると、

「サイトウくんと一緒?」と言うので

「サイトウさんと三時に待ち合わせなので、先に行ってランチしようかと」

「でも、サイトウくんも二時くらいにご飯食べに来るってさっき電話があったよ」と言われた。

「そうですか、考えることは一緒ですね、じゃあ、私も二時に行きます。ご飯ひとつとっておいてください」

「了解、待ってます」とマスターは言って、電話を切った。

なんだ、だったら最初から二時に待ち合わせて、ランチでよかったのに。でも、サイトウとご飯を食べるのは初めてだな、と単純に少しだけ嬉しかった。カフェに着くとサイトウはまだ到着しておらず、加えて私のいつもの席も先客が座っていた。マスターは、「こっちかな」と言って私をカウンターに座らせた。

「サイトウくんが来てからでいいよね、ご飯」

「はい」

「たぶんね、もうすぐ奥の席も空くと思うから、とりあえずここで」

「じゃあ、先に白ワイン飲んじゃおうかな」

「おっ、いいね。昼ワイン」とマスター。

あまりお酒は強くないのだけれど、お昼からワインを飲めるのはやはりなんとなく気分がいいので、昼からの飲酒が許される日は、時々飲むことにしている。今日は、いつか酔ってサイトウの店に行ったような痴態を晒すわけにはいかないと思い、サイトウが来るまでの間、里夏はワインを舐めるように少しずつ飲んだ。サイトウは十五分くらい遅れてやって来た。まだ夏というには早い季節だが、黒いTシャツ一枚という格好で。私のお気に入りの席に座っている女の子は、さっから無心に何か書きものをしていて帰る気配はまったくなく、一応、ほかのテーブル席も空いてはいたのだけれど、もうワインも飲み始めてしまったし、席を移るのも面倒だったので、サイトウと二人、横並びでご飯を食べることになった。マスターの作るご飯は、野菜中心のいわゆる家庭料理なのだが、自分でも作れそうに思わせておいて、いざ真似てみようとすると全く違うものができあがってしまうという、やはりプロならではの奥深さがある。どこかのお店で修行をしていたわけではなく独学だと言っていたけれども、ほとんどのお客さんは有名店から独立してはじめたんだろうと勝手に思っている。実際は、このお店を始めるまでは音楽関係の仕事をしていたようで、音楽に詳しい知人は、マスターがプロデュースしたCDを持っているといって、一度見せてくれた。確かにプロデューサーとしてマスターの名前が載っていて、別に秘密にしているわけではないのだろうけれども、マスターの過去を知ることができてなんだか嬉しくなったことを覚えている。その日のご飯もペロリと平らげ、二人ともコーヒーをお願いした。奥の女の子は、やはりまだ動く気配はなかった。カウンターだとマスターが近くに居るので話づらいかな、と一瞬考えたのだけれど、どの席にいても会話は全部聞こえると言っていたのを思い出し、このままカウンターにいることにした。コーヒーを淹れている間、サイトウは黙ったままだったので、私から

「続きって?」

と切り出した。

「はい、その話なんですが」

と言ったきり、また黙っている。急かしても仕方がないのでゆっくりコーヒーを口に運んでいると、サイトウが語りはじめた。

「あの物語が、どうしてあそこで終わってしまったのか、ずっと考えていたんです。明確な結末というのがない文学作品というのは確かにありますが、あれはそういう類のものとしての終わり方ではないと感じていました。まだ、続きが書かれるべき状態だと。だから、僕はずっと店のレジカウンターに座って物語が動き出すのを待ってみました。でも、何日経っても何も起こりませんでした。次の新しい物語もはじまりませんでした。あぁ、このままもう何も書けなくなってしまうのだろうかと思いました。夜、店を閉めて母屋の書斎で改めて里夏さんの物語を読み返してみました。書斎で自分の書いたものを読むことはいままでなかったのですが、その夜、初めてのことです。最後まで読んで、思ったんです。この物語の続きを書いてみたいと。『一人の居場所』にしても、今回の作品にしても、厳密に言うと僕が自ら書いたものとは言えません。前にお話ししたように、この町の何かが僕に書かせていて、僕はただ花瓶に水を注ぐように文字に移しているだけなんです。そこには、書きたいという欲のようなものも存在しません。ただ導かれるように文字がながれていくだけです。確かにその状態を心地よいとは感じますが、書きたいという思いを実行しているのとは違うものです。でも、その夜は、はじめて書きたい、この物語を先に進めたいと思ったんです」

ここまで話すと、サイトウはコーヒーを一口飲んで、またしばらく黙ってしまった。

「それで、書いたの?続き?」

と聞いてみた。

「はい。でも、まだ途中です」

「じゃあ、今日は続きを読ませてくれるわけではないのね」

「そうですね、でも、もう物語をどう進めるかは決まっています。主人公の里夏とあの作家志望の青年がどこへ向かうべきかは、見えています」

「ひとつだけ、聞いていい?」

「はい」

「続きの物語でも、主人公の里夏は、私に繋がっているの?」

「もちろんです。そうでないと、物語を先に進める意味がありません」

「それ、どういうこと?」

「僕は、里夏に幸せな結末を用意しなくてはいけないと思っています。いままでの彼女は、本当の意味で幸せだったのだろうかと、感じています。彼女がすごしてきた平穏無事な日常は、本当は違うのではいかと、もっと別の選択肢が用意されるべきではないかと。だから、少し乱暴に思える方法でもいいので、里夏のあの日常を壊してみたい。その先にあるものが、彼女を本当の意味で幸せにすることなんだと思うんです。そうしなくて物語は前には進まないんです」

「ねぇ、サイトウくん」

「はい」

「里夏は、私に繋がっているっていったわよね?」

「はい」

「じゃあ、早く続きを書き上げて、前に進めてみて」

「そうするつもりです」


 左側に座るサイトウを横目でちらりと見た。カフェの西側の窓から斜めの日差しを額に受け、うっすらと産毛のようなものが光っていた。眩しそうに瞳を細めているその横顔はあまりに幼く、それは、私にとっては紛れもなく異物なのだった。




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あとがき


この物語はここで終わります。

主人公の女性がお昼にワインを飲んでいる描写を書き始めたら

どんどん物語が流れていって、ここにたどり着きました。


この先のサイトウと里夏ですが、

この物語から十年くらい経った二人の姿を

先日から書き始めています。

そう時間を置かずに、またこの場で発表するつもりですので

気になる方は、ぜひまたお付き合いください。


とりあえず、『二人の居場所』にお付き合いいただき

ありがとうございました。


cafeイカニカ

平井康二






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# by ikanika | 2017-06-08 23:09 | Comments(0)


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